りぼんの読書ノート

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クロックワーク・ロケット(グレッグ・イーガン)

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「新☆ハヤカワ・SF・シリーズ」から、ハードSFの第一人者による三部作の出版が始まりました。著者は、ここで我々の世界とは全く異なる宇宙を、まるごと創造しています。しかも、物理法則の根本をひとつ変えるだけで、全てを変えてしまうという、極めてエレガントな方法で。

そこでは「空間的方向」と「時間的方向」が「直交」しているのです。空間軸と時間軸とが明確に区別されている我々の世界と異なって、それらを交差させると何が起こるのか。すると、超光速で宇宙空間を航行するロケットが、一種のタイムマシンとして機能するんですね。しかも光速の壁は存在しないので、無限に加速を続けるロケットの中では、無限の時間が生み出されるというのです。

さて、本書の物語です。主人公は、我々の世界の「相対性理論」に匹敵する根本原理「回転物理学」を創始した、女性物理学者ヤルダ。女性であることの不利を克服して物理学を極めたヤルダは、奇妙な現象である「疾走星」の増加を調べていくうちに、彼女たちの惑星が宇宙的規模での天体衝突によって壊滅間近であることに気付いてしまいます。

回避の手段も技術開発の時間もない中で、ヤルダが提唱したのは、巨大ロケットの建造でした。超光速で深宇宙に送り出す巨大ロケットの中で無限の時間を稼ぎ、科学技術を発展させた後に、わずか数年後の近未来に持ち帰ろうというのです。しかも、何世代にも渡って持続的発展を続けるには、ひとつの都市ほどの規模のロケットが必要。ヤルダらの苦闘が始まります・・。

もちろんヤルダたちは、我々人類とは全く異なる種族です。白熱光で、銀河中央部でブラックホールへの落下を回避した種族の物語を描いた著者にとっては、得意とするところなのでしょう。やがてはディアスポラのように、肉体を離脱することになるのかもしれませんが。

「危機を乗り越えるための冒険」という古典的なストーリーを豊饒なものにしているのは、物理法則の変更だけでなく、非人類種族の主人公の成長物語に感情移入させてしまうほど、細部まで丁寧に作りこんだ叙述です。さあ、続編を期待しましょう。

2016/6