りぼんの読書ノート

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サラバ!(西加奈子)

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2015年の直木賞受賞作品ですが、そんな説明は不要でしょう。とにかく面白い。作中でも触れられるホテル・ニューハンプシャー(アーヴィング)や、潮流の王者(コンロイ)と似た雰囲気をたたえた作品です。

主人公は1977年5月にイランの首都テヘランで生まれ、後にエジプトで小学生時代をすごした男の子・歩。本書は彼の30数年の半生記なのですが、男女の違いこそあれ、この設定は著者自身と同じです。自伝的要素が含まれているかどうかはわかりませんが、主人公が最後にたどり着いた決意は、著者自身のものなのでしょう。

歩の人生は、家族によって振り回され続けます。周囲からの注目を求めてマイノリティであり続けようとし、逆に周囲から疎外されて自分の世界に引き籠もる姉。常に自分自身の幸福を求めて子供を顧みず、姉とは徹底的に相性の悪い母。そんな家族の全員に等分の愛情を注ぎながら、母とは離婚することになる父親。

さらに、時代が追い打ちをかけます。イラン革命は記憶以前の出来事にせよ、エジプトで実感した日本経済のバブルは、帰国後の10代前半には崩壊し、10代後半には阪神淡路大震災とオーム真理教事件による安全神話の崩壊を体験。その中で歩の性格は、「自己主張をせず、周囲との調和を図り、自意識過剰な者を忌避する」ようになるのですが、それは世界と闘うための有効な武器にはならなかったのです。

本書のタイトルは、エジプト時代の友人と作った両国語を混ぜ合わせた秘密の合言葉「マァッサラーバ」からきています。両親の離婚の秘密、姉が見つけたもの、矢田のおばちゃんの謎、エジプトの友人との再会を経て、一時は絶望の底に沈んだ歩が「自分が信じるものは自分で決めるという決意」に至る、静かな闘いの物語の結末は、感動的です。

2016/6