りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

「i」(西加奈子)

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著者は当初「LGBTQ」の「Q:Questioning(自分のセクシュアリティがわからない状態)」をテーマとする小説を書きたかったそうですが、最終的には「Q」以前に存在すべき「I(自分自身)」を主人公が肯定できるまでの物語となりました。とはいえ、自己認識とは周囲の多様性との関わり方の問題であり、2つのテーマは重なり合っているのでしょう。

「この世界にアイは存在しません」という冒頭の一言が衝撃的です。これは数学教師が虚数の「i」について述べた言葉なのですが、主人公のワイルド曽田アイは自分の存在が否定されたように感じてしまいました。アイはアメリカ人の父親と日本人の母親の養女となったシリア人の少女であり、自分が選ばれて裕福な家庭で育てられたことに対して罪悪感を持ち続けていたのです。しかもその気持ちは、911テロ、アフガン・イラク侵攻、シリア内戦、難民の急増、東日本大震災などを通じて、彼女が記録し続ける犠牲者の人数とともに、いっそう膨れ上がっていくのです。

そんなアイと深く関わることになるのは、高校時代から深い友情を結んだミナと、大人になったアイを愛することになるユウ。ミナはALLで、ユウはYOU。ともにアイの深い理解者です。しかし彼女が最終的に自分自身を肯定できるようになるには、ミナやユウがいるから自分があるのではなく、自分がいるから皆や君と関われるのだと思えるようになるには、もうひとつの身体的な大事件が必要だったのでした。

直木賞を受賞したサラバ!と同様に、自分と深く向き合った後に生まれてくる、強い決意と覚悟が込められた作品です。読者自身の生き方を問いかけてくるものであり、息苦しさを感じることもあるのですが、このような作品と出合うことが読書の醍醐味でもあるのです。本書の中で引用されていた、アーザル・ナフィーシー著のテヘランでロリータを読むも、そういう作品でした。

2018/6