りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

冬の光(篠田節子)

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家族を裏切って20年以上も関係を続けた愛人の死後、四国遍路に出たまま冬の海に消えた父親。企業人としても成功し、家庭にも恵まれていたはずの男は、なぜそのような最期を迎えたのでしょう。次女の碧は、彼の四国での足跡をたどります。彼女は父親を理解することができたのでしょうか。

碧の追体験と交互に、父親・康宏の過去が描かれていきます。康宏が学生運動を通して出会った笹岡紘子という女性との関係は、決して「愛人」などと割り切れるものではありませんでした。学業の道に進み、周囲の理解を得られない環境の中で社会的な矛盾と戦い続けた紘子は、康宏にとって憧れの存在であり続けたのです。

その博子が失意の中で仙台に移り住み、大震災の被害にあって亡くなったとき、康宏は何を思ったのか。なぜ彼は四国遍路に出たのか。それは彼の魂を救済へと導いたのか。ゴサインタンからインドクリスタルへと至る、宗教をテーマにした作品も多い著者は、簡単には答えを出してくれません。

本書の中には、「宗教に近づきながらも宗教にはじき出される現代日本人の精神構造」と、「戦後の階層社会がもたらした男女関係のひずみ」という2つのテーマがあるのですが、それだけではないようです。

物語のラストで碧は、父が自殺ではなかったということを知ると同時に、父が最後にカメラに収めようとした光景を見るのですが、それ以上のことは理解しないままに終わるのです。その結末を「是」と捉えること自体が、ある種の悟りに思えてきます。そのあたりに、現代日本人の宗教的な原点があるのかもしれません。

2016/7