りぼんの読書ノート

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軍医たちの黙示録 蛍の航跡(帚木蓬生)

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前巻蠅の帝国の続編となる、戦場への従軍を余儀なくされた軍医たちの物語。

医大を卒業したばかりの青年や町の開業医まで動員され、通常の医療とはかけ離れた体験をした医師たちが遺した文章から紡ぎ出された小説は、すべて一人称で書かれています。

著者はその理由を、現在進行形で戦地の状況を描写する効果に加えて「自分だったらどう選択して、どう行動しただろうか」との思いを投影したからと述べていますが、たしかに、医師ならずとも人間としての行動が問われる極限状態ばかり。とりわけ本書では、前巻と比較して南方での悲惨な物語が多く収録されています。

無謀なインパール作戦に抗命した師団長の精神鑑定を求められたら、どうするのか? 死者の記録を葬ろうとするソ連の検閲を承知で、名簿を持ち出すリスクを犯せるのか? 不始末の責任感から自殺した兵の死因を、脚気衝心症と偽造することは許されるのか?

ジャングルに置き去りにせざるを得ない重症患者の軍靴をもらってしまってよいのか? ニューギニアで玉砕した部隊から逃亡してきた軍医が現れたら、通報するべきなのか? ビルマの戦場に開設された巡回慰安所の責任者を命じられたら、どうするのか?

敗戦後のインドネシアで、オランダからの独立軍に支援を求められたらどうするか? ニューギニアのジャングルで、シベリアの抑留地で、オーストラリアの捕虜収容所で、飢えと病気に苦しめられて次々と仲間が死んでいく状況に置かれたらどうするのか?

中国の田舎で文人校長と交流したり、ビルマで現地女性を難産から救って感謝されたり、カンボジアで見た蛍ツリーに感激したりという、比較的ほのぼのとした物語が含まれているのが、せめてもの救いです。これらも決してハッピーエンドではないのですが・・。

あとがきに「私的な体験や局地戦だけでは、戦争の全容は見えてこない」とありますが、戦地で地獄を見た30人の軍医の視線が、戦争の実態が浮かび上がってくるようです。これは決して個人レベルの「小さな物語」ではありません。

2012/5