りぼんの読書ノート

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軍医たちの黙示録 蠅の帝国(帚木蓬生)

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精神科医である著者は恩師に軍医としての従軍経験があることを知って、第2次大戦中の軍医制度について調査したところ、ほとんど全ての医師が根こそぎ動員されていたことを知って衝撃を受け、その事実が広く知られていないことに疑問を抱きます。

著者の結論は、軍医としての体験そのものが正当な医学医療とはかけ離れており、しかも敗戦であったために広く喧伝されることもなく、忘却されるのも早かったからでは・・というものです。多くの軍医が書き記した「遺言にも似たちぎれちぎれの文章」を拾い集め、小説として再構成した作品を出版したことに大きな意味があるのです。

軍医を志した者だけでなく、町の開業医や医大を卒業したばかりの青年医師まで動員され、国内では徴兵検査や空襲の怪我人の医療に従事し、原爆投下直後の広島での治療に追われ、南方では薬も食料も不足する中で、出来る限りの医療を行ないつつ兵士とともに逃げ惑い、大陸や樺太では南下するソ連軍に追われての脱出行や、捕虜となってのシベリア虜囚・・というのは、は何という凄まじい経験なのでしょう。戦時中の捕虜虐待の罪を着せられて戦犯とされた医師もいたとのこと。

本書は最終的に15人の軍医の体験談として小説化されましたが、その背後にはそれこそ数多くの軍医たちの体験があったことは、巻末に記された参考資料からも明らかです。

敗戦間近の時期に軍医候補生として召集された時の教官から「諸君が軍医でなくなったときには」との言葉を聞いて、はじめて「将来」を思い描いたという青年医師の話と、最初の卒業生を送り出して消滅した満州のチャムス医大の物語が、特に印象的でした。

2012/5