苛酷な人生を生きる者たちの心の闇を鮮やかに切り取った短編が7編、収録されています。傑作長編を多く残している著者はですが、『運命の日』の第1章などはそのまま優れた短編となるような作品ですし、「現代短篇の名手たち」と銘打ったシリーズの1番手としての登場も理解できます。
「犬を撃つ」町長から野良犬の射殺を依頼されたブルーは、子どもの頃から一度も恵まれたことのない男でした。犬を殺し続け、夫へのさや当てから一時的にブルーと親しくした女に去られたブルーに狂気を感じた幼馴染みのエルジンは・・。悲劇的な結末の後にも、乾いた友情の余韻を感じます。
「ICU」なぜか当局から追われた男が逃げ込んだのは病院のICUの待合室でした。架空の誰かの夫、兄、父親として待合室で患者の家族をよそおい続ける男は、病院に漂う不思議な一体感を感じていきます。
「コーパスへの道」高校最後のフットボール試合で負けた少年たちは、致命的なミスを犯したライルの家をメチェメチャに荒らしたものの、そこに現れたライルの妹が連れて行ってくれた桁外れに金持ちの豪邸にはビビッてしまい、何もできずに終わります。彼らが怒っていたのはライルのことじゃなく、どうにもならない運命に対してだったのです。
「マッシュルーム」海で溺れ死にさせられた男には、そうされるだけの理由があったのです。一緒に海に向かった女は、妹を男に殺されていたのですから。でも復讐しても何も変わらず、虚無感だけが残ります。
「グウェンに会うまで」服役を終えたボビーを迎えたのはガールフレンドのグウェンではなく、ボビーの出生届も出さず学校へも行かせなかった非道の父親でした。ボビーが逮捕される前に隠したダイヤモンドのありかを聞き出しに来た父親は、グウェンは姿を消したと言うのですが・・。いつしか2人は、因縁のカーニバル広場に行き着きます。
「コロナド 二幕劇」前作を戯曲化した作品です。それぞれバーのブース席で語り合う3組の男女はどのように結びつくのでしょうか。ジーナとウィルの不倫カップルは夫の殺害を企て、若い女の患者はプライベートな呼び出しに応じた精神科医を脅し、ボビーは父親からダイヤの行方を尋ねられています。実はこの3組は同じ時間帯にいたのではありませんでした。ジーナとウィルが、ボビーの両親だったのですね。
「失われしものの名」酔ってバーを出たアラナを探しに街をさまようレイは、不治の感染症にかかった男と不思議な会話を交わします。男女の結びつきとは不思議なものです。
2012/5