りぼんの読書ノート

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同時代ゲーム(大江健三郎)

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万延元年のフットボールに始まる「森と再生」をめぐる物語群の最後の作品は難解なのですが、それは異なる時間軸に属する複数のできごとがランダムに語られ、しかもその全てが「硝子玉のようなヴィジョン」として少年時代の主人公によって既に幻視されていたとの構成によるためなのでしょう。

あらためて、森のなかにある「村=国家=小宇宙」の歴史を通常の時間軸に沿って並び替えてみると、難解さは減じるのですが、それでも謎の多い物語です。とりあえず年代順に整理してみましょう。

【神話時代(「村=国家=小宇宙」の創建と自由時代)】
・海に向かって追放された武士の集団が川を遡って四国の山中に村を創建する。
・その中心人物が不死の巨人たる「壊す人」であり、村の守り神的存在となる。
・長期独裁者となった壊す人が、最下級の狂人シリメによって毒殺される。
・壊す人の最晩年の妻であったオシコメが復古運動で権力を握るが後に失脚。
(この時代の登場人物は、スターリン江青を思わせます)

【幕末・維新時代(自由時代から半自由時代への移行)】
・亀井銘助が下界から押し寄せた一揆を調停し、次いで一揆の主導者となり獄死。
・しかし維新後の第三の一揆では「メイスケさん」として御霊となって祭られる。
・この時に住民の半数を戸籍外とするカラクリが成立する。
・後に、この秘密の重さに耐えかねた政治思想家の原重治が「牛鬼」となる。
(『万延元年のフットボール』の幕末一揆のことですよね)

【戦前・戦中時代(自由時代の終わり)】
大日本帝国との「五十日間戦争」を優勢に進めながら、最終的には敗北する。
・戸籍外の者が帝国軍の無名大尉によって虐殺され、反独立時代は終焉を迎える。
・外部から「父=神主」が訪れ来て、旅芸人の母に一族の子どもたちを産ませる。
・双子の科学者・アポ爺とペリ爺が「父=神主」を守ろうとして逮捕される。

【一族の歴史(物語は現代へ)】
・長男「露一兵隊」は新兵時代に精神異常を起こす。25年後に退院し皇居に突撃。
・次男「露・女形」は舞台俳優でゲイバー経営者。後に性転換手術に失敗して死亡。
・三男「露己」が著者であり、「村=国家=小宇宙」の歴史を書く者として育てられる。
・双子の妹「露巳」は「壊す人の巫女」となるべく育てられた、性的に放縦な女性。
・四男「ツユトメさん」はプロ野球選手となるが芽が出ず、山籠り中に射殺される。
(映画「サウス・キャロライナ」の原作、潮流の王者(パット・コンロイ)の兄弟は、本書をモデルにしているのでしょうか?)

本書は語り手が双子の妹に向けて書き綴った6通の手紙との体裁を取っていますが、彼女の存在こそが最大の謎かもしれません。幼少期にヤマイヌに性器を咬まれた経験を持ち、村のセックスシンボル的な存在となり、銀座でクラブを開いていた時代に知り合ったアメリカ大統領と会見して村の独立を訴え、末期癌で自殺を伝えられたものの、村に戻って壊す人の再生に成功し、父=神主の死後は再び行方をくらましているという妹。彼女についての情報はどこまでが「事実」なのか。そもそも妹なる者は存在していたのでしょうか。

著者の思想も、作品が生み出された時代背景も大きく反映されている作品ですが、「同時代」を超えて読み継がれるべき作品なのかどうか、まだ定まっていないように思います。神話的な奇想天外な書であることは間違いないと思うのですが・・。

2012/5