りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

暗闇の楽器(ナンシー・ヒューストン)

イメージ 1

マンハッタンに住む49歳の女性小説家ナディア(Nadia)は、自分(i)を消し去って「無」を意味するナダ(Nada)と自称しており、現在は17世紀フランスに生れ落ちた不幸な兄妹の物語「復活のソナタ」を書いています。本書は、ナダが自分の内なる声ダイモーン(悪魔)に語りかけながら綴る日記や回想と、彼女の作品である「復活のソナタ」とが、交互に進行していきます。

ナダの実生活で語られるのは、酒癖のある父親の暴力によってヴァイオリニストとしてのキャリアを奪われ、現在は病院で記憶を失いつつある母親エルザにかかる回想であり、自分が人生に絶望するきっかけとなった不幸な結婚と、堕胎の体験。

一方の「復活のソナタ」は、出産と同時に母を失った双子の兄バルナベと妹バルブが、中世フランスで生きていく悲惨な運命の物語。教会に引き取られて聖職者を目指す兄は暴漢によって視力を奪われ、農家を点々とさせられた末に主人にレイプされて身篭り、知り合いの居ない村で出産した妹は、魔女と呼ばれて裁判にかけられます。

表題の「Instrument」とは、妊娠と出産をおこなう性である女性を「神の道具」として表現した言葉であり、「楽器」という邦訳も悪くはありません。女性に与えられた試練が、母の、自分の、バルブの物語として、変奏曲のように奏でられていくのです。

ではこの物語の中で、女性という性に救いはもたらされるのでしょうか。ナダは、ある出来事をきっかけとして内なるダイモーンと決別し、自分を取り戻してナディアへと戻り、追い詰められた双子にギリギリの救済を与えることになるのですが、小説が実生活と響きあっていく過程が、本書の読みどころですね。

交互に綴られる「虚実」が「冥合」していくという手法としては、山田風太郎さんの八犬伝のほうがはるかに凄みがありますが、本書はテーマに迫力があります。この本、フランスで「高校生が選ぶゴンクール賞」を受賞しているとのことですが、フランスの高校生がこんなアダルトな本を読むということに驚きました。

2010/7