りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

三体X 観想之宙(宝樹 バオ・シュー)

本書を著した時、著者はまだ学生でした。空前のスケールで宇宙の終末と再生を描いた『三体シリーズ3部作(劉慈欣)』の終了ロスに耐えかねて『三体第3部 死神永生』で描かれなかった「空白部分とその後」について勝手に書きあげたのが本書です。決して続編ではなく、ありえる解釈のひとつにすぎないとのことで「X」と題したとのことですが、後に劉慈欣から公式外伝として認められたのこと。確かに強引な点も目立つものの優れたSF作品として成立しています。

 

「時の内側の過去」

程心と関一帆が乗り込んだ宇宙船は、光速が著しく低速化される暗黒領域に飲み込まれてしまい、雲天明とAAが待つ青色惑星にたどり着くのは1890万年後。恋人と2度と再会できない運命を受け入れた天明は、AAと生涯をすごすことを誓います。三体人に虜となってからの経緯を語る雲天明に対して、AAは彼女自身の驚くべき秘密を語り始めます。実は彼女はクローンであり、そのオリジナル人格は少女時代に天明と出会っていたというのです。雲天明に星を買うアイデアをもたらしたのはAAのオリジナル人格であった薇薇(ウェイウェイ)であり、星を贈られた程心を覚醒させたのはAAだったのでした。彼女は単なる脇役ではなかったのですね。

 

茶の湯会談」

共に生涯をすごしたAAが安らかに亡くなった後、自らも死を迎えようとしていた雲天明の前に姿を現したのは智子でした。しかしここに登場した智子は、三体文明が創造した11次元AI量子のボディではありません。かつて天明が宇宙空間で瞬間的に遭遇した「マスター」の使徒だったのです。彼女は天明に、十次元宇宙の永遠の存在であった「マスター」に反逆して、宇宙を低次元化させてきた「潜伏者」を捜索するタスクを与え、彼に小宇宙を与えます。潜伏者を葬った暁には次元逆転が起こり、時を持たない十次元宇宙が復活するというのですが・・。確かに、後に程心と関一帆に与えられた小宇宙は、三体文明の限界を超えているように思えたには事実です。しかし智子の外見は、天明が心惹かれていた20世紀日本のAV女優だったとは!

 

「天蕚」

かつて三体文明の母星を超新星と化し、太陽系を二次元化した「歌い手」の世界にも、ついに終末が訪れようとしています。「マスター」が放った「捜索者」によって発見されたのは「潜伏者=反逆者=創世神」の世界なのでしょうか。神々の戦いにおいて裏の裏の裏を読み切ったのは、欺瞞を得意とする低エントロピー体にすぎない人類出身の「捜索者」だったのです。

 

「終章プロヴァンス

マスターによって次元逆転が起こりはじめた宇宙の片隅で、大収縮に備える呼びかけで小宇宙の外に出た程心と関一帆は、思いがけない出会いを果たします。人類最初の「捜索者」であったビザンチン帝国の娼婦ディオレナの故郷プロヴァンスに似せた記憶から生まれた世界で、程心は智子から思いがけない話を聞かされます。彼女が小宇宙に残した5kgの漂流瓶には、宇宙の再現を歪めるというのですが・・。

 

「終章以後 深宇宙に関するノート」

幾度目かの低次元化が繰り返された時代、失われた5kgの質量は、登場人物たちの運命を歪めていくようです。漂流瓶に残された記憶によって残された智子は、前世で三体世界の虜囚として鍛えられた雲天明の前に現れて宇宙の秘密を語ります。やがて彼は「劉慈欣」というペンネームを用いて物語を綴り始めるのでした。

 

2023/2