りぼんの読書ノート

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双生児(クリストファー・プリースト)

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めちゃくちゃ面白い大傑作ですけど、ネタバレなしでは紹介が難しい。

1936年のベルリンオリンピックにボート競技の英国代表として出場したジャックとジョーの双子が、戦争に巻き込まれていきます。ジャックは、英空軍に所属する爆撃機の操縦士として。良心的兵役拒否の道を選んだジョーは、赤十字職員として。ところが、2人の歩んだ歴史は異なっていたのです・・。

「双生児を鍵にしたパラレルワールド」と言ってしまうと、ちょっと違う。物語の枠組みは揺れ、虚実は次第に曖昧になり、読者は幻惑され続けます。でも、物語としてもグイグイ引っ張ってくれる、面白い読み物になっていますので、それほどトリックを意識しなくてもいいかもしれません。前作『奇術師』を数段上回る作品と思います。

この後はネタバレの嵐になるので、本書を直接読みたい方は見ないように!

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1999年、戦争体験記ライターであるクリストファーのサイン会に、亡くなったジャック・ソウヤーの娘が、父親の手記を持って現れます。手記によるとジャックは、オリンピックの後に英空軍の操縦士となり、撃墜されたものの奇跡的な生還。療養中にチャーチルの密命を受け、英独講和案を携えてイギリスに渡ったヘスと会談しているというのです。

ジャックの語る歴史は、私たちが知っている歴史です。チャーチルは和平案を拒否してヘスを拘留し、ドイツと戦い抜きます。イギリスは勝利するものの長い停滞に落ち、アメリカが覇権を握る世界。この歴史では、ジョーはロンドン空襲によって赤十字の活動中に死亡・・。

ところが、クリストファーが「事実として」述べている歴史は違うのです。「現実の歴史」では1941年にイギリスはドイツと単独講和しており、講和の立役者となったヘスは、ヒットラーを追い落として政権を握ったというのですから。アメリカが、日本、ソ連、中国を相手にしての立て続けの戦争で疲弊し、閉鎖的な二流国になっているのと対照的に、イギリスは中東の油田権益を確保して繁栄しているなんて、チャーチルはこれを選ぶべきだったな。^^

しかも、クリストファーが確認した、撃墜された爆撃機の生存者によると・・ジャックは救出されなかったのです!!!その世界に残されていた記録では、ロンドン空襲で負傷したジョーは回復し、ヘスとチャーチルの講和交渉で、重要な役割を演じたことになっています。

では本書では、ジャックだけが異端の歴史に存在しているのでしょうか。どうもそうではなさそうなのです。ジャックが撃墜から救出された後の、ジョーがロンドンで負傷した後の救急車の中で、いったい何が起きていたのか・・。唐突に挿入される、救急隊員の手紙が大きなヒントになっていますよ。

でもラストまでたどりついて、物語の枠組みを理解した後でも、読者の幻惑は解消されません。何が真実なのかは混沌の中に放り込まれたままなのです。「一番外側の物語」で、本来一番信頼できるはずの、クリストファーの出自までが疑わしくなってしまうのですし・・。

2007/6