りぼんの読書ノート

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パヴァーヌ(キース・ロバーツ)

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いわゆる「歴史改変もの」ですが、本書が叙情性に溢れているのは、「歴史改変期間の長さ」によるものなのでしょうか。ジョー・ウォルトンの{{{『ファージング三部作』}}、マイケル・シェイボンユダヤ警官同盟クリストファー・プリースト双生児など、最近の「歴史改変」の傑作がいずれも第二次世界大戦前後を「分岐点」にしているのに対し、本書の「分岐点」は16世紀なのです。

1588年、英国女王エリザベス1世暗殺。混乱に乗じたスペイン無敵艦隊に侵攻された英国はローマ法王支配下に入り、プロテスタントによる宗教改革は鎮圧。そして迎えた20世紀、法王庁の下で自由も人権も抑圧されたままの欧州が本書の舞台です。

カトリック支配への反乱が静かに準備される様子を描いた序盤では、いびつな発展を遂げた科学技術が紹介されます。軌道を用いない蒸気機関車が発達したのに内燃機関が制限されたのは、労働者の自由な移動を禁じるため。ギルドによる信号塔が通信を担っているのは、自由な通信の制限に加えて電気が悪魔的技術とされたためでしょうか。石版印刷が生き延びているのは、ルターとともにグーテンベルグも否定されたからに違いありません。

物語はパヴァーヌ(行列舞踏)のように、複雑なステップを踏みながら緩やかに進んでいきます。輸送会社を継いだジェシーが機関車マーガレット号で荒野を疾走させる物語は、姪のマーガレットが城主の息子ロバートに誘拐される物語を経て、跡を継いだ一人娘エラナーが起こした反乱へと繋がるのですが、それだけではありません。異端裁判の様子を描かされてカトリックへの反抗心を顕わにした石版絵師ジョン。自由に憧れて密輸船に乗り込んだ少女。また、ギルド集団に憧れて信号手になった少年が山猫に襲われた物語は、彼を看取った「古い人」の存在を明らかにしていきます。

エラナーによって始められた反乱は、瞬く間にイギリス全土に広がったものの、国王リチャードに鉾を納めさせられてしまいます。しかしそれは、新大陸を巻き込んで政治的に英国の独立を認めさせ、カトリック支配を終焉に導く重要なステップだったようです。そして2つの異なる歴史を俯瞰しているかのような「古い人」は語るのです。「少なくともこの世界ではアウシュビッツは起きなかった」と・・。

読み応えのある作品ですが、しっとりとした情景描写と対称的に、生き生きとした登場人物たちの描写が本書を明るく華やかなものにしてくれています。そして緩やかなパヴァーヌは、素晴らしいコーダへと導かれていくのです。

2013/9