りぼんの読書ノート

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暗殺のハムレット(ジョー・ウォルトン)

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1941年にナチス・ドイツと単独講和を結んだという「歴史改変イギリス」を舞台に民主国家にしのび寄るファシズムの脅威を描く「ファージング3部作」の第2弾。

前作英雄たちの朝は、イギリスにファシスト政権が誕生する前夜の物語でしたが、それから2ヶ月後、ファシズムはすでに深く根をおろしてしまったかのようです。強大な権限を得た政府のもとで自由は徐々に侵害されているのですが、国民はそれを当然と受け止め、普通の人間が密告者となる社会になっているのですから。

本書のヒロインは、貴族令嬢の座を投げ打って舞台女優の道を歩むヴァイオラ。男女逆転の配役が流行する時流に乗って、ハムレット役のオファーを受けるのですが、共演が予定されていた女優が自宅で爆死。どうやら手製の爆弾製造に失敗した模様。公演初日に招待されたノーマンビー首相とヒトラー総統を爆殺する計画があったのです。共産主義者となった実の妹シディによって、ヴァイオラも陰謀に巻き込まれていきます。

この事件を担当するのが前作に続いて登場するカーマイケル警部補であり、ヒロインと交互に一人称で物語を進めていくスタイルも、前作を踏襲しています。同性愛者であり、反ファシズムの信条を持つ警部補は、ヒトラーを救うという皮肉な役割を担わされてしまうのでしょうか・・。

強制的に陰謀に加担させられたヴァイオラが、ヒトラー暗殺にのめりこんでいく過程が圧巻です。それは狂気への道なのか、それともそれこそが人間として正常な姿なのか。読者は誰に感情移入して、どんな展開を望めばよいのか。歴史のみならず自分の心までさまざまな「ねじれ」に侵されていくような感覚を味わってしまいました。

さまざまな矛盾を抱えたカーマイケルがイギリス版ゲシュタポのチーフとなるという、シリーズ最終巻『バッキンガムの光芒』ではどのような展開と結末が待っているのか。最後まで高いクォリティを保ってくれるのは間違いないでしょう。

優柔不断なハムレットを女性とする案を「画期的で素晴らしい」と評するヴァイオラに、衣装係の女性が「もし本当にそうならシェークスピアははじめから女性を主人公にして、みんなの手間を省いてくれたでしょうよ」とがつぶやく場面がありました。こんなひと言も、単なる演劇的なウィットだけではない、奥深い言葉のように聞こえます。

2010/11