完結編となる第3部は、『英雄たちの朝』と『暗殺のハムレット』の時代から10年後、イギリスのファシズム政権はすでに定着し、3作を通じての主人公カーマイケル警部はイギリス版ゲシュタポの監視隊(ザ・ウォッチ)の隊長となっていますが、その地位を利用して、無実のユダヤ人たちを国外に逃亡させる非合法組織を束ねています。
権力の圧力に屈し続けてきたカーマイケルは、イギリスにファシズム政権を誕生させた責任の一端を担ってしまったことにせめてもの抵抗を試みているのですが、養女として育てている殉職したユダヤ人の部下の娘に危険が及ぶに至って、彼自身も追及の手にさらされてしまいます。果たして、イギリスはどうなってしまうのでしょうか。
前2巻と同様に、各巻のヒロインとカーマイケルが交互に一人称で語っていきますが、本巻のヒロインはカーマイケルの養女のエルヴィラです。社交界デビューと大学進学の夢を叶えようとしていた普通の少女の生活が、ある事件を境に一変してしまうのです。
しかし政治や陰謀とは全く関わりのなさそうなエルヴィラの社交界デビューこそが、イギリスの未来を変える切り札になるのですから、おもしろいものです。イギリス人なら立ち上がって「God Save The Queen」でも斉唱するところでしょうか。著者は、イラク戦争に追随したブレア政権に怒りを覚えてこのシリーズを書き始めたそうですが、希望を感じさせる結末としたのは、「楽観主義者」だからだそうです。
しかし、です。民族主義や保護主義や原理主義が対立の様相を深めている現代世界は、些細なことをきっかけにしてファシズムに陥ってしまう危険を孕んでいるのでしょう。社会への警鐘と高水準の物語性を両立させた点でも、高く評価できるシリーズです。
2010/11