りぼんの読書ノート

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英雄たちの朝(ジョー・ウォルトン)

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1949年のイギリス。史実とは異なって、イギリスは1941年のナチス副総統ルドルフ・ヘスの飛来を契機にドイツと単独講和しています。ナチスは欧州全域を支配しているものの、ソ連との戦争が泥沼化しています。日本は軍国主義を維持したままで、中国での戦争を継続中。いわゆる「歴史改変もの」ですが、「この歴史」ではアメリカは参戦しなかったのですね。

対独強硬策を唱えていたチャーチルは既に失脚しており、イギリスの権力を握っているのは講和を推進した政治派閥グループで、中心となっている貴族の領地名から「ファージング・セット」と呼ばれています。

本書の主人公のひとりは「ファージング・セット」の中心にいる貴族の娘ルーシーですが、彼女は、親の反対を押し切ってユダヤ人銀行家のディビッドと結婚したため、グループの外に居る存在です。夫は戦争の英雄であり、戦死したルーシーの兄の親友であったものの、親ナチス政策をとるイギリスでは歓迎される存在ではありません。

ファージングの邸宅で有力者を集めたパーティが行なわれた翌朝、和平に尽力した議員が死体となって発見されます。「ダビデの星」マークが現場に残されていたため、ユダヤ人のディビッドが疑われますが、翌日にはボルシェビキのスパイらしき人物がルーシーを狙撃。もうひとりの主人公で、捜査に当ったスコットランド・ヤードのカーマイケル警部補が見出したのは、グループ内の醜い相関図だけではありませんでした・・。

こう紹介すると改変世界を舞台とするミステリのようですし、事実ほとんどそうなのですが、終盤になってこの時代の恐ろしさが徐々に現れてきます。それは、民主主義国家イギリスがファシズムに侵されていく過程のひとつだったのです。イギリスは、世界はどうなってしまうのか。『1974年』という本が終盤になって登場します。まるでビッグ・ブラザーの到来が10年早まったかのよう。

本書は3巻シリーズであり、全巻を通じての主人公はカーマイケル警部補とのこと。作者の真の狙いは何なのか。通読しないといけませんね。

2010/10