りぼんの読書ノート

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2010/11 ファージング3部作(ジョー・ウォルトン)

1941年にナチス・ドイツと単独講和を結んだという「歴史改変イギリス」を舞台に民主国家にしのび寄るファシズムの脅威を描く「ファージング3部作」は、最後まで極めて高い水準を保ってくれました。民族主義保護主義原理主義が対立の様相を深めている現代世界は、些細なことをきっかけにしてファシズムに陥ってしまう危険を孕んでいるのでしょう。社会への警鐘と高水準の物語性を両立させた点でも、高く評価できるシリーズです。

京極さんの『西巷説百物語』は、これまで脇役であった靄船の林蔵を主役に据えて大阪での仕掛けを描いた新趣向。やはり水準の高いシリーズです。ついでにはじめの2巻も再読。^^
1.ファージング3部作(ジョー・ウォルトン
英雄たちの朝
対独講和を推進した「ファージング・セット」と呼ばれる政治派閥グループに居た議員が、死体となって発見されます。現場に残された証拠はユダヤ人の犯行を示しているのですが、それは、民主主義国家イギリスがファシズムに侵されていく悪夢のはじまりだったのです。ユダヤ人銀行家と結婚して権力の中枢にいる貴族の両親からうとまれている娘ルーシーと、スコットランド・ヤードのカーマイケル警部補が交互に一人称で語っていきます。

暗殺のハムレット
前作から2ヶ月後、ファシズムはすでにイギリスに根をおろしてしまったかのよう。貴族令嬢の座を投げ打って舞台女優の道を歩むヴァイオラが、英国訪問中のヒトラーを爆殺する計画に巻き込まれていきます。それは狂気への道なのか、それともそれこそが人間として正常な姿なのか。反ファシズムの信条を持ちつつも陰謀の捜査に当らざるをえないカーマイケル警部補とともに、読者も強烈な「ねじれ感」を味わえる作品です。

バッキンガムの光芒
10年後、イギリス版ゲシュタポの隊長となっているカーマイケルは、地位を利用して無実のユダヤ人を国外に逃亡させる非合法組織を束ねているのですが、養女エルヴィラに危険が及ぶに至って、彼自身も追及の手にさらされてしまいます。しかし、エルヴィラの社交界デビューこそが、すべてを変えるきっかけになるのでした・・。希望を感じさせてくれる結末は鮮やかであり、読後感も爽やかです。

2.西巷説百物語(京極夏彦)
「百物語シリーズ」5作めは、『前巷説百物語』で又市とともに「ゑんま屋」の裏家業を手伝っていた靄船の林蔵を主役に据えて、江戸とは一味違う大阪での「仕掛け」を描いた新趣向となっています。人の本性を引きずり出す際の林蔵の決め台詞がいいですね。「ここが思案のしどころやで」^^

3.迷宮の将軍(ガブリエル・ガルシア=マルケス) 再読
スペインのくびきから中南米諸国を解き放ち、独立へと導いたシモン・ボリーバル将軍の最後の7ヶ月を南米文学の巨匠が描いた作品です。イスパノアメリカ統合の理想に燃えた英雄が、死病に冒されていたとはいえ、なぜ自滅するかのように失意の迷宮に踏み入ってしまったのか。希望も絶望も全てを呑み込んでしまうようなマグダレーナ川が印象的です。


2010/11/30記