11年ぶりのシリーズ新作の舞台は遠野でした。『遠野物語』の現代語訳まで出した著者ですから、遠野独特の怪異を中心とする物語を期待していたのですが、竹原春泉による日本画集『絵本百物語』をベースとする方式は崩していません。もっとも著者は独特の民話を生んだ土壌を描きたかったとのことで、座敷童衆の伝承や供養絵額の習俗などが重要な役割を果たしています。化け物遣いの小悪党としては、『前』で活躍した長耳の仲蔵や『西』のメンバーだった六道屋の柳次が主役を張ってくれています。シリーズ主役の又市もラストで登場。
2.身内のよんどころない事情により(ペーター・テリン)
中堅作家のエミールが、つまらない集まりを欠席するために「身内のよんどころない事情により」という嘘をついたことから、激しく虚実が入り混じる物語が始まります。自分に似た作家を主人公とする小説は著名な文学賞を受賞するのですが、そんな時に起こった「身内のよんどころない事情」は悲劇でした。4歳の愛娘レネイが昏睡状態に陥ってしまうのです。第1部が三人称で、第2部が一人称で、第3部は第三者による記録として綴られる物語は、どのような結末を迎えるのでしょう。
3.一人称単数(村上春樹)
2005年に出版された『東京奇譚集』の続編のような短編集であり、018年から2020年にかけて「文學界」に掲載された7作品と書下ろし1作品からなっています。奇妙な話から不思議な話へと次第に温度をあげていくなかで「春樹ワールド」が姿を現してくるのは、前作と同様です。現実と異世界、現在と過去、フィクションとノンフィクションのあわいが揺らいでくる世界が、読者を迎えてくれます。
【次点】
・まぜるな危険(高野史緒)
【その他今月読んだ本】
・いつかの岸辺に跳ねていく(加納朋子)
・身内のよんどころない事情により(ペーター・テリン)
・想い人(諸田玲子)
・折り紙大名(矢的竜)
・長い終わりが始まる(山崎ナオコーラ)
・オビー(キム・ヘジン)
・赤いモレスキンの女(アントワーヌ・ローラン)
・尼子姫十勇士(諸田玲子)
・雲を紡ぐ(伊吹有喜)
・物語スイスの歴史(森田安一)
・アポロンと5つの神託 4.傲慢王の墓(リック・リオーダン)
・カンガルー・ノート(安部公房)
・トニオ・クレーガー(トーマス・マン)
2022/1/30