りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)

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世界はなぜこれほどの不平等に満ちているのか?
なぜ人間は五つの大陸で異なる発展をとげたのか?

1万3千年に渡る人類史の壮大なミステリに知的挑戦を試みた本書は、出版から10年後の現在になっても、輝きを失っていないようです。

スペインのピサロが率いる少数の部隊がインカ帝国を滅亡させたのは、銃と軍馬による所が大きく、さらに旧大陸人の持ち込んだ病原菌が新大陸人を滅亡の淵にまで追い込んだことはよく知られています。北アメリカでも、オーストラリアでも同じようなことが起きています。

では、最後の氷河期が終わった1万3千年前に主要大陸への移住を済ませていて、どこでもほぼ同じスタートラインに立っていたはずの人類の、各大陸ごとの文明の発展に、ここまで大きな差がついてしまったのは何故なのか。著者は推論を重ねていきます。

もちろん、人種的な優劣があったわけではありません。著者がたどり着いた結論は、動植物相や地形を含めた「環境」でした。定住生活と作物生産の開始こそが余剰生産物を蓄積させ、人口爆発を可能とし、非生産階層を生み出し、文字や軍や技術や制度を発展させていく出発点だったわけです。

ではなぜ、ユーラシア大陸ではいち早く定住生活が始まり、その他の大陸では遅れたのか。著者の答えは、主要作物と主要大型家畜がユーラシアに集中していたためと極めて明快です。人類が、イネ科作物・豆類・芋類・トウモロコシという主要作物と、馬・牛・羊・豚という主要大型家畜を手に入れてから数千年が経過した現代においてさえ、新たな種を手に入れることができていない事実を思うと、動植物相が全てを分けたとの主張には説得力を感じます。

さらに主要な病原菌は家畜由来であって、家畜との長い歴史を有するユーラシアの人類が免疫力を手に入れていたこと、東西に長いユーラシアの特長が、同緯度での動植物の移動、すなわち技術伝播を可能としたと畳み掛けられると、もう反論しようもありません。中米マヤの文字文明と南米インカの鉱山や家畜は、ついぞ出会うことはなかったのですから・・。

ただし、です。「中国とヨーロッパの逆転の理由」など後半の社会科学的な各論になってくると、推論の幅が大きいため、今後の研究の発展による補強の余地が多いように思えます。著者自身、「われわれにとっての挑戦は、人類史を歴史科学として研究するところにある」とエピローグで述べており、今後に残された問題も多いとしているわけですから。

例えばヒトゲノム解析による人種の分化年代や過程の解明や、アナトリアで発見されたという狩猟民族の定住都市などが、本書の内容にどのような影響を与えるのかなども、気になります。いずれにしても、激しい知的興奮を味わえる作品であることは間違いありません。

2010/12


P.S.
第14章「平等な社会から集権的な社会へ」は、エンゲルス『家族・私有財産・国家の起源』を思い出させてくれました。結論としてマルクス主義的国家観を導き出すための主張だった訳ですが、130年前に、少ない資料からよくあれだけの推論を展開できるものだと感心した覚えがあります。