りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

風に舞い上がるビニールシート(森絵都)

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6つの短編からなる本です。森さん、この本で直木賞を取ったのですね。まず、このタイトルが素晴らしい。

「風に舞い上がるビニールシート」のイメージは、世界各地で危機が起こるたびに「発生」する難民と結び付けられます。強風にあおられ、次々と舞い上がっていく、無数のビニールシートがとりかえしのつかない彼方へ飛んでいってしまい、壊れてしまう前に、誰かが手を差し伸べて引き止めなければならない。そのイメージが、鮮やかに目に焼きつきました。

国連の東京オフィスで難民救済事業に携わっている里佳の結婚生活は、安定した生活を求める心と、危険なフィールド活動を望む夫エドとの間で、破綻してしまいます。どうしてエドが難民救済に身体を張らないではいられないのか、その理由は必ずしも明快に描ききれてはいませんが、大切な人を失った後の里佳の再生物語が胸に迫ってきます。「その後」の里佳とは、また出会いたいものです。今度は、長編として書いて欲しいな。長編にふさわしい題材だと思いますし。

「風に舞い上がるビニールシート」は、どこにでもありそうです。毎日のように、職場で、家庭で、生活の中で新しい問題が起きてくる。なんとか対処していかないと、どこかで破綻をきたしてしまう。「何かに追われている」と言うんじゃなくって、それが普通の生活。

そういう目でほかの短編を読み返してみると、『器を探して』の、わがままで意地悪なケーキ作りの天才・ヒロミに振り回され、手を焼きながらも、彼女を放っておけない弥生だって、『犬の散歩』の、犬の保護団体の活動資金を稼ぐためスナックで働き、養父母が捨て犬を飼ってくれることに素直に喜ぶ恵理子だって、皆、大切な何かの為に懸命に生きる人たちの物語に見えてくる。

はじめは本書を読んで、森さんの個性をあまり感じられずに、「出来はいいけど、誰が書いてもいい小説」なんて感じてしまいましたが、やっぱり森さんの小説ですね。

2007/2