りぼんの読書ノート

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お茶壺道中(梶よう子)

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「ずいずいずっころばし」のわらべ歌が、将軍家の権威を笠に着た「お茶壺道中」の横暴を風刺したものであることは、松本清張氏の短編『蓆』で知りました。では徳川家光の時代に始められ、235年ものあいだ毎年休むことなく続けられたお茶壺道中は、どのようにして終わったのでしょう。本書は、幕末に宇治茶屋の奉公人となった少年の視点から、時代の変化を描いた作品です。

 

宇治に生まれて宇治茶を誇りに思って育ち、1855年に11歳で江戸の森山園に奉公した仁吉は、商家の代替わりを巡るいざこざに巻き込まれてしまいます。まるで某家具メーカーの骨肉の争いを見るようですが、商家の祖父に気に入られた仁吉は跡を継いだ孫娘から嫌われてしまうのです。

 

しかしそれは時代の変化の中では些細なこと。開国、桜田門外の変生麦事件安政の大獄、横浜開港、貿易開始という大きなうねりの中で、森山園も横浜商館の設立、異人好みのブレンド茶の興隆、大名貸しの焦げ付き、そして薩摩の名を借りた浪人たちの焼き討ちという試練にさらされます。やがて徳川慶喜が京に滞在する中で、将軍不在の江戸に向けて最後のお茶壺道中がひっそりと行われるのですが・・。

 

仁吉が淹れた宇治茶が、幕末に要職を歴任した阿部正外に好まれたという設定のおかげで、大きな時代のうねりと少年の成長物語がバランスよく綴られていきます。佐幕藩の悲運を千羽鶴に託した『連鶴』と、時代の終焉と浮世絵の終焉を二重写しにした『ヨイ豊』に続いて、非凡な視点から描かれた幕末ものの秀作です。

 

2019/7