りぼんの読書ノート

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悪玉伝(朝井まかて)

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江戸時代最大の疑獄事件といえば、歌舞伎の題材にもなっている「辰巳屋事件」。この事件のことは、松井今朝子さんも題材にしていますね。そちらでは、大阪の炭問屋の跡目相続をめぐる近親間の対立が、奉行所を巻き込んで死罪4人を出すほどの大事件となった次第が克明に綴られますが、本書の視点人物は、被告となった辰巳屋吉兵衛です。

木津屋に養子入りして放蕩を尽くしていた36歳の吉兵衛は、辰巳屋を継いでいた実兄の訃報を聞いて直ちに実家に戻ります。お飾りにすぎない兄の養子を手玉に取ろうとする悪番頭を追い出し、兄の葬儀を仕切った末に、周囲から望まれて辰巳屋の跡目を相続。派手好みながら家業に精を出し、傾きかけていた辰巳屋を立て直すに至るのですが、そこに訴状が飛び込んできます。

事情を知悉している大阪奉行所のお裁きは問題なかったものの、噂は江戸に届いて、なんと徳川吉宗大岡越前が乗り出す大騒動に発展してしまうのです。事件の背景には大阪商人が主導するインフレ経済に対する幕府の反発や、紀州商人贔屓の吉宗への忖度があったとされますが、それは主要なテーマではありません。

著者は、派手で放蕩を尽くしてきた主人公が一転して、仕事も友人もすべてを失った後に、どん底から這い上がる姿を描きたかったと述べています。はじめから有罪は決まっていたものの、大岡越前と渡り合った吉兵衛が最後に手に入れたものは何だったのか。大阪生まれの著者が綴った、大阪商人の心意気が楽しい作品でした。

2019/6