りぼんの読書ノート

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熱帯(森見登美彦)

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著者が長い中断を経て完成させた本書は、「小説についての小説」です。「汝にかかわりなきことを語るなかれ」という警句から始まり、最後まで読み終えた読者がいないという奇妙な本『熱帯』をめぐる物語。

「提起された謎を解明してはいけない」という「沈黙読書会」のメンバーは、『熱帯』に隠された謎を解明しようとする「学団」でした。不可視の群島に流れ着いた若者が出会う著者、創造の力で海域を支配する魔王、海上を走る二両編成の列車、戦争を暗示する砲台と地下牢の囚人、海を渡って図書室へ通う魔王の娘。しかし「無風地帯」と呼ばれるその先の部分は、誰もが異なる断片的な記憶しか持っていないのです。

語り手が次々と変わり、何重もの入れ子構造となっている本書は、『千夜一夜物語』の異本でもあるようです。やがて『熱帯』の作中に入り込んだ語り手は、老シンドバッドや満月の魔女と出会い、群島や京都や満州や謎の図書室を行き来し、ついには魔王と対峙するに至るのですが・・。

前作である夜行と同様、本書で展開される謎も完全には解明されていません。同じ本を読んでも読書体験はそれぞれ異なるとか、人生という物語には終わりがないなど、言葉にすると陳腐にしか聞こえない感想しか浮かんでこないのですが、読書の原体験を思い出しました。本好きの人なら誰でも、現実と物語の区別がつかなくなるほど一心不乱に没入してしまった読書体験を持っていると思うのです。それは同時に、創造の源泉でもあったのかもしれません。

2019/3