りぼんの読書ノート

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夢見る帝国図書館(中島京子)

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上野にある「国際子ども図書館」の一部は明治期に建てられたレンガ棟であり、かつては「帝国図書館」といういかめしい名前だったとのこと。しかし近代国家の礎たるべく建てられた帝国図書館であっても、そこは淡島観月、幸田露伴谷崎潤一郎芥川龍之介菊池寛宮沢賢治樋口一葉吉屋信子中条百合子林芙美子らの作家たちをを生み出した場所でもあったのです。
 

 

本書は「戦後の混乱期に復員兵のリュックに隠れて帝国図書館に来たことがある」という年配の女性・喜和子と出会い、彼女から「夢見る帝国図書館」なる本を書くように依頼された語り手が、図書館と喜和子の過去を掘り返していく物語です。 

 

金食い虫である図書館の歴史は、常に戦費に対する負け戦だったようです。それは「金と本」を人生の二大テーマとせざるを得なかった樋口一葉の人生と二重写しになっていきます。そして喜和子もまた、本を描くことがないままに老いてしまった樋口一葉であるかのような人物なのです。 

 

喜和子の元愛人であったという老教授、恋敵であったというホームレス男性、喜和子が下宿させていた大学生、突然現れた喜和子の娘と孫娘らと会話を通して、語り手である女性は喜和子の原点となった「としょかんのこじ」なる絵本の謎に迫っていきます。そしてそれは、図書館で本を読むことや、自分が自分であるために必要な物語を作ろうとすることの重要さを再確認していく過程でもありました。 

 

文中に「もし図書館に心があったなら。樋口夏子に恋をしただろう」との言葉が登場します。生涯一度しか図書館に来なかったもののずっと図書館のことを思っていた喜和子さんにも、読書好きの多くの人たちも恋の対象だったはず。本書の最後に浮かび上がってくるものは、本と相思相愛関係になることの素晴らしさだったようです。帝国図書館の扁額に知るされていたという「本がわれらを自由にする」の言葉も忘れてはいけませんね。 

 

2019/10