りぼんの読書ノート

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最後の審判の巨匠(レオ・ペルッツ)

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1909年のウィーン。宮廷俳優ビショーフ邸に招かれた騎兵大尉ゴットフリート男爵たちは、ビショーフが四阿で拳銃を手にして倒れているのを発見。現場は密室状態で自殺に間違いないと思われたものの、探偵役を務めた技師は「これは殺人だ」と断言。

当時ウィーンでは、不可解な自殺事件が頻発していたのです。俳優が最期につぶやいた「最後の審判」という言葉を手掛かりに、男爵たちは事件の真相追求に乗り出すのですが、探偵役の技師も途中で自殺。果たして、彼らの死の真相は何なのか・・という物語。

この事件には2つの異なった解釈ができるようです。ひとつは事件の当事者であった男爵が書き記した手記であり、そこでは中世フィレンツェで「最後の審判」を描いた画家の神秘体験を引き起こした毒物の存在こそが事件を引き起こしたとされます。中世の書物をひもといて神秘体験の誘惑に駆られた者たちが、謎の「自殺」を遂げたというのです。

しかし男爵の死後に遺稿を発見した者による「後記」が、男爵を「信用ならざる語り手」としてしまいます。男爵は睡眠薬の常用者で頻繁に白昼夢や幻覚を見ることがあり、友人知人からの人物評もかんばしくなかったようです。男爵自身も記していた俳優の妻を巡る諍いの存在や、ところどころ記憶が曖昧であった箇所などが、こちらの解釈では重要な意味を持ってきます。

もちろん答えはありません。「後記」を前提として男爵の手記を読み返すと新たな「発見」があるのも事実である一方で、技師の自殺の真相などの謎は解明されていませんし。ボルヘスが惚れ込み、鮎川哲也都筑道夫が「叙述トリックの先駆者」として言及した作品は、重層的な魅力に溢れています。この魅力を増しているのが第一次大戦前の宮廷都市ウィーンの描写であることは、疑いのない事実でしょう。

2018/3