りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

ここにいる(王聡威)

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台湾を代表する文芸誌の編集長も務める作家が、2013年に起こった「大阪市母子餓死事件」をモチーフにして創造した作品です。電気もガスも止められたマンションの一室で28歳の女性と3歳の息子が餓死した事件は、無縁社会を象徴する事件として台湾でも大きく報じられたとのこと。しかしその女性をそこまで追い込んだのは、自分自身だったようにも思える事件だったのです。

著者は物語の舞台を台湾に置き換え、登場人物を30代の女性・美君と、6歳の娘・小娟へと変更を加えています。夫の阿任から暴力を受けて家を出た美君は、夫からの連絡を密かに待ちながら自分の生涯を思い返すのですが、そこから浮かび上がってくるのは強い自負心を持つ女性の姿です。

しかしながら彼女の自己評価は、美君の独白と対照させるように綴られる、夫、元カレ、同僚、両親、友人からの評価とは激しいギャップがありました。結局のところ、彼女から生きようとする意欲を奪っていったのは、そのギャップだったのでしょう。他者の視線を意識して行動する者が、自分が思い描いた評価を得られなかった時の陥穽に嵌ってしまったようです。「地獄とは他者のこと」というサルトルの言葉が、SNSの広がりによって現代的な意味を帯びていますね。

夫や両親、友人たちとの関係を次々に断っていく美君のもとには、幼い娘だけが残されますが、彼女にはもう娘のために生きようとする気力も残されていませんでした。時々挿入される小娟の独白が哀れを誘います。登場人物たちの独白からなる作品は読みやすいのですが、内容的にはシリアスです。美君の少女時代は、桐野夏生が「東電OL殺人事件」に触発されて綴った作品『グロテスク』の和恵と重なって見えました。

2018/11