りぼんの読書ノート

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国境の白い山(辻邦生)

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シリーズ第5巻は、農業問題の調査に渡米した父親が日系アメリカ人の苦難に接する「青の場所からの挿話」と、それと同時代のスペイン内乱や国際旅団の参加者たちのさまざまな体験や報復の悲劇を綴る「藍の場所からの挿話」の前半です。

【青の場所からの挿話】
「1.舷燈の下で」 渡米した父から母への手紙です。船中で出会った青年・高村は、娘の里子との結婚を望んでいた棟梁の期待に添えなかった、駒子と心中した大工の宮辺清次の遠縁でした。精神的にも肉体的にも辛酸の限りを嘗めさせられた2人がぎりぎりの果てで、なお生きるために死を選んだのでしょうか。

「2.G号埠頭にて」 北太平洋北岸の深い森の自然の粗暴さにアメリカを垣間見たように思った父は、上陸後すぐに、5年前に密航してきて中国人グループに救われたノサキ君と、リーダーの林の娘・美娟との悲恋に遭遇します。彼女はノサキとの駆け落ちに失敗して埠頭から身を投げたのです。

「3.湖畔の焚火」 密入国のハウスボーイながら雇い主の娘と結婚して富を得た鳥見老人が、40年ぶちりに日本に帰るのは、妻の死の悲しみからでした。鳥見とともに渡米して立身出世を求めた初山は、逆に自然の中での生活を選んでいましたが、初山に父がそそのかされたと思う倉田の息子は、邦字新聞の記者として歴史を作ることに意義があると信じます。

「4.ワシントン街517」 父は役所に辞表を提出します。NYの雑貨商に世話した江田君は、妻の伊久を病で失い、ファシズムとの戦いに参加を望んでいます。彼には農園にピクチャーブライドとして嫁いできた伊久と駆け落ちしたものの、一度はじゃけんにして捨てようとした過去がありました。彼が先輩から聞いた希望のアドレスは娼家であり、そこで身を売る伊久と出くわして猛省してやり直したのです。

「5.巷の底で」 高村君が伝えた話。落ちぶれて妻に去られたユダヤ人コメディアン・ジーバーマンの唯一の希望は娘のリーザをミュージック・ホールのスターに育て上げること。成功のきっかけをつかんだリーザは高慢になり、体の弱いマーゴに無理強いしてドレスを作らせます。リーザはマーゴの死に責任があるのでしょうか。

「6.夜警の眠り」 日本人会の安藤会長に頼んで夜警の仕事を始めた父は、階級闘争を口にしながら東洋人差別に気づかないアメリカ人に憤ります。同居した片岡青年は、父親に売られる前に結婚して欲しいという薄倖の少女トヨと心中してしまいます。片岡には暗い過去があったのです。

「7.天国へのぼる梯子」 大学で講師をしている真岡貞三の誘いで大学図書館の東洋部門の調査室員となり、大都会に出た父は、作家を志望して挫折したウィリーに自殺を思いとどまらせます。しかし、ウィリーにプレゼントされたスケートでマリオ少年が事故死するという悲劇が起こります。

【藍の場所からの挿話】
「1.雨季の終り」 老アンダーソン医師を訪ねてきたのは、ホガース医師が窓から突き落とされた事件で逮捕されたゲオルグの弁護人ホッターでした。真犯人はホガース夫人と共謀したアンダースンだったようです。2人は逃げ落ちて結婚するのですが、それは地獄の中で愛し合ってきたようなものに思えたのです。

「2.勝利の女神の翼の部分」 銀行強盗4人組の顛末は珍しくミステリ調。金を隠したパブロの遺した言葉の秘密がタイトルです。強盗一味のアロンソはロドリゲスの妹イサベラと知り合って村に行き、義勇軍を密告して、ロドリゲスの妻に射殺されていました。それは密告だったのか。それとパブロの妻に売られたのか。

「3.国境の白い山」 国境の谷間の村に流れてきた女の娘フアナはバルセロナに働きに出て社会主義思想に染まるものの、反革命軍の将校と噂のある村長の息子クレメンテと抱き合っていました。フアナを愛していたアロンソはクレメンテを殺害して国境の先に脱出していきます。

「4.燕の飛び立つ日」 義勇軍を脱走して村に戻ったウーベルトの父ディオニジョを、妻のアメリャはかくまいます。ディオニジョは教会を焼く係だったとのこと。戦乱を逃れて村にやってきていた燕が、今度は村から飛び立っていきます。
 
「5.旅人たちの夜の歌」 人民戦線の内部抗争に疑問を抱くバジルは失踪。彼が引き込んだ若いアルトゥ-ロは革命の純化を支持していましたが鉄橋爆破の下見に出かけた村で、欲を知らない娘ビトリャと出会い、鉄橋を爆破したら巡礼の道の旅館にあたるビトリャの家は寂れるだろうと悩みます。

「6.野の喪章」 植物学者のロベールの従姉妹アデールは、裕福な実業家の妻となりながら地上の生活を愛さない夫に失望して浮気の末に自殺してしまったと語ります。石工のホアンは、村で起きた日雇いの革命と虐殺を見て、連帯して戦える工場労働者となったと語ります。そんな2人を爆弾が吹き飛ばすのでした・・。

「7.鳥たちの横切る空」 アナーキストの心情を抱くペーター・シュルツは飛行機を失い、ゲオルグ隊長の指示で村の料理屋の娘テレサとともに国境の山越えに挑みますが、暗殺者に追われます。なぜ革命は粛清を必要とするのでしょう。 

2013/1