りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

スパイダー(パトリック・マグラア)

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カナダで療養を終えてロンドンに戻ってきた主人公デニスが、一人称で語り続ける物語。彼によると、20年前に恐ろしい事件が起こっていたのです。身勝手な父が、パブで知り合った娼婦ヒルダと共謀して、優しかった母を殺害。母になり代わって家に住みついたヒルダを憎んだデニスは、ガス栓を開けて彼女を殺害したために、療養所に送り込まれてしまったというのです。

しかしデニスの記憶は揺らぎます。父親に殺害された実母の名前を、なぜ忘れてしまったのか。ロンドンの下宿先で彼を縛り付けている老婦人が、ヒルダと同じ姓を名乗っているのはなぜなのか。目撃してもいなかった父親の行動は具体的に思い出せるのに、目撃したはずの実母殺害場面はなぜ思い出せないのか。彼が言っていたのはカナダだったのか。ついにデニスは、父親が当時入り浸っていたパブへと足を踏み入れるのですが・・。

デニスは典型的な「信用ならざる語り手」ですね。やがて読者は、デニスが送られていたのはカナダの療養所ではなく、似た名前の精神病棟であったことを知らされます。そして彼には実母殺害の容疑がかけられていたことも。20年前に起きた事件の真相は、最後まで具体的には語られないのですが、まあ想像通りの出来事なのでしょう。

デニスが自らを「スパイダー」と名乗っていることは、彼が幻覚的な物語の紡ぎ手であることに加え、母親が話してくれたという暗示的な物語にも依拠しているのでしょう。母グモは卵を産み、卵を守り包む袋を編み上げると、穴に潜り込んで死ぬというのです。混乱した時系列の中で、記憶と幻覚と現実が混在していく物語は、スリリングです。

2018/7