りぼんの読書ノート

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スウィングしなけりゃ意味がない(佐藤亜紀)

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1940年頃、ナチス政権下のハンブルクには、ジャズにうつつを抜かす金持ちのお坊ちゃんたちが大勢いたそうです。自称「スゥイング・ボーイズ」と呼ばれた彼らは、ジャズが敵性音楽と認定されたことで、反ナチス志向を強めていかざるをえません。本書は、ジャズにはまったが故に、戦時下で正気を保ち続けることができた少年の目を通して、戦争の狂気と滑稽さをえぐり出した作品です。

軍需会社経営者である父を持ち、異国の文化を享受しえる家庭環境に育った15歳の少年エディは、ジャズにはまりました。はじめは若者らしい熱情は、すぐに享楽的な方向に向かい、先輩や友人たちとダンスフロアで乱痴気騒ぎをする毎日。戦争が始まり、ジャズが敵性音楽に指定された後でも、ユーゲントやゲシュタポの手入れをかいくぐることを愉快に思っているほど。

しかし戦争とナチスの足音は、次第に身近に迫って来るのです。リベラルだった父親がナチスの党員バッジをつけはじめたこと。ユダヤ人と結婚していた、友人の天才ピアニストの叔母の一家が収容所に連行されたこと。その息子たちが地下に潜ったこと。うまく徴兵を逃れていた先輩たちも、自暴自棄的な行動を取り始めたこと。そしてハンブルク爆撃による両親の死。

ドイツはどの時点で伝統的な現実主義を失い、ナチス精神主義にとってかわられたのでしょう。高価な犠牲を出しながら破滅へと突き進む「お馬鹿の帝国」の中で、エディが醒めた視点を持ち続けられたのは、皮肉なことにジャズのおかげだったようです。闇音楽市場に手を出したエディは、ナチスの鼻を明かしながら、稼げるだけ稼いで生き延びていくのですが・・。

この著者のことですから、戦時下のハンブルクについて徹底的に資料を調べたのでしょう。リアリスティックな細部の描写と、各章のタイトルにジャズのスタンダード・ナンバーを用いる粋な使い方のバランスも見事でした。重いテーマを扱いながらも「スウィングしなけりゃ小説じゃない」のです。

2017/12