りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

不時着する流星たち(小川洋子)

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「世界のはしっこでそっと異彩を放つ人々」からインスパイアされた10編からなる短編集です。本書のタイトルは、孤独な彷徨い人たちが「ようやく着陸しようとしたのに、なかなかうまくいかない」からとのこと。謎や不安を残したままの座りの悪いエンディングからは、物語はまだ終わっていないように思えてきます。

「誘拐の女王」ヘンリー・ダーガー
母が再婚した男性の連れ子は、17歳年上の義姉さんでした。いつも裁縫箱を提げている姉は、誘拐されたことへのトラウマがあったのです。ヘンリー・ダーガーは、子供をさらう悪と戦う少女戦士たちの物語『非現実の王国で』を人知れず創作して、一掃除夫として死去しています。

「散歩同盟会長への手紙」(ローベルト・ヴァルザー)
散歩をこよなく愛する元梱包係の老人は、精神を病んで療養所にいるようです。散歩中に文字の形をした石を拾い集め、かつて好きだった女性に手紙を書くという思いを抱いているのですが・・。ローベルト・ヴァルザーは、散歩者の視点で世界を見つめ続けた作家で、精神療養施設に入所後、散歩中に雪の中に倒れて死亡しています。

「カタツムリの結婚式」パトリシア・ハイスミス
自分の居場所を見つけられない少女が、空港でカタツムリ競争を見せる不思議な男と出会って心の救いを得る物語。パトリシア・ハイスミスが、カタツムリを偏愛していたとは知りませんでした。

「臨時実験補助員」(放置手紙測量法)
手紙を放置する仕事で絶妙な場所を見つける達人だった女性と、23年ぶりに再開します。当時赤ちゃんを家に置いて仕事をしていたその女性は、母乳が溜まると母乳入りのババロアを作っていたのです。放置した手紙を投函する人の比率を測量する実験には、詩心が感じられます。

「測量」グレン・グールド
盲目の祖父は、記録した歩数で場所を確認しているようです。しかし祖母が亡くなった後、口笛虫が祖父の耳に住み着くようになってから、祖父の世界は縮んでいくようなのです。グレン・グールドは、体を小さく丸めて演奏することで有名だったとのことです。

「手違い」(ヴィヴィアン・マイヤー)
葬儀の際に死者を見送る「お見送り幼児」の姪と、あの世に渡る時に履く手編みの靴を作る祖母と一緒に、葬儀場近くの湖畔に出かけた際に、カメラを首からかけているメイドと出会います。ヴィヴィアン・マイヤーとは、住む込みの乳母として生涯をおくりながら、10万点を超える子供たちの写真を撮った人物だそうです。

「肉詰めピーマンとマットレスバルセロナオリンピック・男子バレーボールアメリカ代表)
海外で学ぶ息子を訪ねた母親のひと夏の記録。空港で息子と別れて涙ぐむ母親が出会ったのは、丸刈りで長身の青年たちでした。彼らは、日本戦での判定に抗議して丸刈りとなり、最後には銅メダルを獲得した選手たちだったのです。

「若草クラブ」エリザベス・テイラー
若草物語」で一番地味な3女のエイミーを演じることになった少女は、映画でこの役を演じた大女優と同化しようと無意味な努力を続けるのですが・・。7人の男性と8回結婚した女優の生涯まで模倣する必要はありませんよ。

「さあ、いい子だ、おいで」(世界最長のホットドッグ)
夫婦関係に亀裂を感じた夫婦が広場で誘われたのは、世界最長のホットドッグ記録に挑戦するイベントでした。夫婦は、放置されていたからのベビーカーを押して、憑かれたように歩き続けます。こんなふうに書いてしまうと、なんだかわからない作品ですが、弱っていく文鳥を放置する場面はブラックです。

「十三人兄弟」牧野富太郎
白鳥の世話をする仕事に就き、ャラメルのおまけの三輪車に乗り、蜘蛛の巣は宇宙からの手紙だという、サー叔父さんは、13人兄弟の末っ子でした。名前もつけてもらえなかったほど、両親から忘れられた存在だったのかもしれません。日本の植物分類学の礎を築いた牧野富太郎博士には、13人の子供がいたそうです。

2017/10