りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

浮遊霊ブラジル(津村記久子)

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パワハラにあって就職先を退社したという経歴を持つ著者の作り出す登場人物たちは、世間にうまく溶け込めない者が多いのです。芥川賞を受賞したポトスライムの舟の頃は「生気のない女性たちばかり」と思っていたのですが、最近では「それでも生きていく姿」に感動することが増えてきました。読者の側も円熟してきたのでしょうか。

 

「給水塔と亀」
一度も結婚しないで定年を迎えた男が帰郷。昔と変わっていなかったものは、製麺所と給水塔と海の見える風景でした。老女が孤独死した部屋を借りた男は、彼女が飼っていた亀を引き取ることにしようと思います。人生を受け入れさせるものは、小さな発見の積み重ねなのかもしれません。

 

うどん屋ジェンダー、またはコルネさん」
女性客にだけ話しかける人気うどん店で、常連客の女性が店主に訴えます。どうしてうどんを前に置いたら放っておいてくれないのか。毎回うどんの食べ方を説明されるほど、記憶に残っていないのかと。その一瞬に、彼女の人生が透けて見えるようです。

 

「アイトール・ベラスコの新しい妻」
ウルグアイ人サッカー選手の再婚記事を翻訳していた女性は、再婚相手がかつて苛められていたクラスメートであることに気付きます。クラスの女王だった女性の転落ぶりは型通りですが、著者が大のスポーツファンで、海外サッカーやフィギュアスケートなどに詳しいことが生かされた作品です。とにかくうちに帰りますに収録されている「職場の作法」を思い出しました。

 

「地獄」
バスの事故で即死した女性小説家が堕ちたのは「物語消費しすぎ地獄」。親友のかよちゃんは隣の「おしゃべり下衆野郎地獄」にいるようです。物語は「ありすぎることも、なさすぎることも、作り出さなければならないことも苦しい」ようです。

 

「運命」
どんなに落ち込んでいても、言葉も通じない外国でも、必ず人に道を尋ねられる宿命を背負ってしまった女性って、どんな雰囲気を纏っているのでしょう。 

 

「個性」
もの静かな友人が突然、ドクロ侍のパーカーやトラ柄で夏期講習に現われ始めます。顔認識が苦手な男性を意識した行動なのですが、彼は彼女の姿がどう変わろうとも、心地いい存在として受け入れてくれるようです。

 

「浮遊霊ブラジル」
初の海外旅行でアイルランドアラン諸島に行くはずだった72歳の男が、浮遊霊となってしまいます。往生するためにはアラン諸島に行くしかないようですが、憑依した男はなぜかブラジル人のオリンピック選手。彼は無事に成仏できるのでしょうか。

 

2017/10