りぼんの読書ノート

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タイガーズ・ワイフ(テア・オブレヒト)

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25歳のセルビア系女性作家による、2011年度の「オレンジ賞」受賞作です。この作品は、全米図書賞の最終候補にも残ったとのこと。

戦争で分たれた国境の向こう側にある村の孤児院に向かった小児科医のナタリアは、道中、祖母からの連絡で祖父の死を知らされます。ナタリアに会いに行くと言って出かけたという祖父は、別の辺境の村で亡くなったというのですが、2人が落ち合う予定などありませんでした。物語は祖父が抱えていた謎をめぐって展開していきます。

祖父の亡骸を引き取りに向かったナタリアは、祖父が語ってくれたふたつの物語を思い浮かべます。ひとつは祖父が少年時代に故郷の村で出会った「トラの嫁」と呼ばれる少女の物語。子どもの頃からキプリングの『ジャングル・ブック』を愛読していた祖父は、村に現れた「悪魔」の正体がトラであることを見抜き、粗暴な夫をトラに食い殺させたという、耳も聞こえず話もできない少女と心を通じさせたというのです。

もうひとつは外科医となった祖父が節目節目で出会った「不死の男」ガヴラン・ガイレの物語。自分は不死であり、他人の死を予言できるという男の言葉が本当かどうかを確かめるために、祖父は何よりも大切な『ジャングル・ブック』を賭けたというのです。

前者は祖父が大人になった物語であり、後者は祖父が子どもに戻った物語。祖父の遺品の中に『ジャングル・ブック』があったのか、確認の必要性も感じなかったというナタリアは、祖父の物語を信じたわけです。

それは同時に、「自分の胸にしまっておくべき物語がある」と語りながら、「物語は伝えられなければならない」とする矛盾をナタリアが克服したことを意味しています。ということは本書は、作中人物のナタリアの姿を借りて、物語を紡ぎ出す作家となる自覚を新たにした、著者自信の物語であるのでしょう。主人公を「女医」としたのは、故郷の迷信や民間伝承も取り入れた謎めいた物語に対して、理性を失わずに踏み込んでいくことを強調したかったのかもしれません。

具体的な国名は記されていないものの舞台はセルビアであり、ナタリアや祖父が経験した戦争とはボスニア内戦のこと。本書からは、いつの間にか戦火のただ中に置かれていたという著者の悲しみも伝わってきます。優れた作品というものは、常に重層的なのです。

2013/2