『遁走状態』に続く短編集です。「存在と不在」あるいは「生と死」の間を揺れ動く25の短編群は、奇妙な世界を生きる登場人物たちのみならず、読者の記憶や認識や知覚を揺るがすほどの破壊力を擁しています。
「ウインドアイ」 窓に吸い込まれて消えた妹の存在を記憶しているのは兄だけでした。彼が妹の存在を信じることだけが、妹を存在させ続けているようでう。
「二番目の少年」 猛吹雪の中を彷徨する2人の少年のうち、悪魔が連れていくのはひとりだけのようです。悪魔にとっては、どちらでも構わないのでしょう。
「過程」 崩壊後の世界で多数決で勝利するための確実な方法は、反対者を殺害すること。
「人間の声の歴史」 人間の声を生み出したのは、蜂との霊的交渉なのでしょうか。
「ダップルグリム」 もともとダークなグリム童話のエブンソン流パロディです。姫を救い出して青年を王にしたのは怪物のような馬であり、青年は馬に仕える存在でしかありません。
「死の天使」 謎の行進を続ける者たちが次々と行き倒れていきます。彼らが恐れるのは死ではなく、記録にとどめられないことでした。しかし記録もまた、信じられるものではありません。
「陰気な鏡」 失われた妹を取り返そうとする兄ですが、黄泉の国から連れ戻された妹は本当に生きているのでしょうか。世の中には「死んでいるより悪いこと」も存在するのです。
「無数」 腕を失った男につけられた他者の腕から、他者の人格が流れ込んできます。次々と腕をつけ替える男は、無数の人格を持つことになるのでしょうか。
「無数」 腕を失った男につけられた他者の腕から、他者の人格が流れ込んできます。次々と腕をつけ替える男は、無数の人格を持つことになるのでしょうか。
「スレイデン・スーツ」 難破した船員たちの脱出の手段は、謎めいた潜水服を着ることのようです。しかし潜水服からは、どうやって脱出すれば良いのでしょう。
「ハーロックの法則」 言葉の断片に隠された法則を見出そうとする男は、観察者たちをどこか別の世界に連れて行ってしまう存在になってしまったようです。
「食い違い」 音が遅れて聞こえるようになった女性の現実感が、じわりと崩壊していきます。
「知」 互いに殺しあった死体が遠く離れた場所で発見される。こんな推理小説は、読者を推理とは別の世界へと連れ去ってしまいますね。
「赤ん坊か人形か」 落ちていったのは、どちらなのでしょう。赤ん坊と人形を比較すればするほど、どちらでも構わないような気になってしまいます。
「トンネル」 トンネルを降りていく2人の男が見つけたのは、老人の死体でした。老人を含めた3人とも、自分たちに起こっていることを理解できていませんが、何か惨いことが起きることは確実のようです。
「獣の南」 死者たちの肉と骨の間に残された言葉の断片を発掘する境地に至った男は、著者なのかもしれません。
「不在の目」 子どものころ片目を失った男は、周囲の人間に憑りついている何かの存在を見えるようになってしまいます。しかし彼も、憑りついている何かも、人間が死んだときに起こることを理解していないのです。
「ボン・スコット」 死んだロックミュージシャンは、生前にユタのモルモン協会で賛美歌を歌っていたのでしょうか。著者は「破門された元モルモン教徒」なのですが。
「タパデーラ」 何度も殺したのに、何度も襲い掛かってくる少年は、ゾンビのようです。
「もうひとつの耳」 野戦病院で縫いつけられた他人の耳が命令するのは、元の持ち主の墓に戻ることでした。
「彼ら」 肉体を捨てた男は、顔のない男に何度も殺されても死ぬことはありません。しかし肉体に戻された後に殺されたらどうなるのでしょう。
「酸素規約」 住民が人口冬眠して酸素を節約しないと生き残れない惑星で、冬眠を拒む男が酸素欠乏によって判断力を失っていきます。しかし判断力を失っているのは、その男だけではなさそうでし。
「溺死親和性種」 尋問されている男が殺害したのは、彼の弟なのでしょうか。しかし、互いに存在を知らなかった兄弟が互いに殺し合うようになった理由は、曖昧模糊としています。
「グロットー」 これは怖い。祖母に預けられることになった少年が出会ったのは、祖母の皮膚をまとった洞窟に棲む存在のようです。そして少年もまた、殺害されて皮膚を奪われようとしているのです。
「アンスカン・ハウス」 他者の苦しみを引き受けるという誓いが実現してしまう場所の存在を知り、片足を失いかけた父親の身代わりになった少年。しかし彼が年老いた時、別の少年を身代わりに仕立てようとするのです。一番怖いのは生きている人間の心の闇かもしれません。
2017/9