若冲没後100年、セントルイス万博に出現した「若冲の間」を飾ったタペストリーをデザインした京の図案家・神坂雪佳が、若冲の末裔といわれる芸者の祖母から聞いたのは、「若冲の妹」と呼ばれていた女性の存在でした。
京都錦の青物問屋の主人ながら、家業は次弟に任せて画作に専念していた若冲は、店の庭で異国の鳥や植物を育てていたそうです、それらの世話をするために「買われた」少女・美以は、若冲に惹かれながらも「若冲の妹」として生きていくことになります。「自分の好むものを他人に与える性癖を持つ」若冲は美以を、歳の離れた末弟の宗右衛門に嫁がせたのです。
美以の夫となった宗右衛門は、実は長崎留学時に若冲が遊女に生ませた息子だとか、京に流れてきていたその遊女との因縁とか、美以が宗右衛門の子(実は若冲の孫)を孕んだ経緯とか、いろいろあるのですが、要するに全部フィクション。天保の浮世絵師・歌川国芳を描くために、娘の登鯉を主人公にした『侠風むすめ』の著者らしい工夫なのでしょうが、少々無理を感じます。
唯一感心したのは、若冲の「着色花鳥版画」を布裂に写した経緯です。型友禅と拓本の技法を用いて黒地に絵柄を浮かび上がらせた工夫を、本書では美以の着想として彼女の人生と二重写しにしています。著者は、この場面を中心に置いて本書のアイデアを膨らませたのかもしれません。若冲の生涯と作品の関係を、より史実に即した小説で読みたい方には、『若冲(澤田瞳子)』をお勧めします。
2017/7