りぼんの読書ノート

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僕の名はアラム(ウィリアム・サローヤン)

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「村上柴田翻訳堂シリーズ」から、柴田元幸さんの新訳で、サローヤンの名作が復刊されました。

語り手であるアラム少年は、著者の分身にほかなりません。オスマントルコによる迫害から逃れてアメリカに移り住んだアルメニア人大家族の一員として生まれた少年が見た「世界」が、みずみずしく描かれます。後書きには「これはサローヤン自身の少年時代ではなく、彼に与えられなかった少年時代を書いた本だ」という、サローヤン伝の著者の言葉が紹介されていますが、柴田さんの言うように、そこはあまり気にするところではないのでしょう。

以前読んだ時には「貧しくも暖かな大家族の物語」という印象を持ったのですが、新訳で再読してみると、故国を失った移民たちの悲哀を強く感じ取れます。荒地を果樹園にしようとして財産を失った愚かな叔父。学んだことを英語でしか語れないという少年への痛烈な皮肉。サーカスは見に行くものではなく手伝うもの。長距離列車内でしてはいけないことの戒め。互いに言葉が通じない老人同士の友情・・。

もちろん少年らしい感性も随所に現れます。従兄が盗んだ白馬に乗った感動。一番速く走れるという錯覚が打ち砕かれたショック。サーカスを手伝いに行くドキドキ感。金持ちインディアンのドライバーとなって運転を覚えた経験。教師から叱られた数々のいたずら。そしてソルトレークで宗教の勧誘を受けた際に「ずっと信じ続けなさい」と言われた言葉を大切にしていること。

「僕が9歳で世界が想像しうるあらゆるたぐいの壮麗さに満ちていて、人生がいまだ楽しい神秘な夢だった古きよき時代のある日」という冒頭の文章から、読者はファンタジー世界へといざなわれているのです。

2017/7再読