りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

わかっていただけますかねえ(ジム・シェパード)

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本書は、それぞれある人物になりきって1人称で書かれた短編小説集。シニカルなフレーズのようなタイトルと、人類初の女性宇宙飛行士テレシコワの笑顔の表紙を見ると、まるでジョーク集のようにも見えるのですが、かなりシリアスな作品が並びます。全米図書賞の短編賞受賞作とのこと。

「ゼロメートル・ダイビングチーム」
語り手は、チェルノブイリ事故調査を担当する原子力エネルギー局の主任技師。弟たちが犠牲になった大事故の原因は、公式発表された一部職員の操作ミスではなく、システムと設計の問題であると見抜くのですが・・。

ハドリアヌス帝の長城」
語り手は、ブリタニア国境に布陣する古代ローマ軍の書記官。異民族を征服するローマ軍の戦果を見て、彼はこう記述するのです。「我々は廃墟を作り出し、そしてそれを平和と呼ぶ」

「先祖から受け継いだもの」
語り手は、ナチスドイツのアーネンエルベに所属して、チベットでイエティーを探している人類学者。アーリア民族の優秀性を証明するためなのですが、空しい捜査と思いきや・・。

「リツヤ湾のレジャーボート・クルージング」
語り手は、子供のころに津波で弟を亡くした男性。結婚して長男を得、もう一人子供を欲しいという妻の希望を理解しながら、独断でパイプカット手術の日程を決めてしまうのは、深いトラウマから逃れられないせいなのでしょう。

「最初のオーストラリア中南部探検隊」
語り手は、19世紀のオーストラリア中南部探検隊の指揮者。大陸中央部に巨大湖があると信じてボートを運ぶくだりは滑稽ですが、遭難してしまっては笑ってばかりもいられません。犬の肉球が消滅するという、灼熱砂漠の叙述は壮絶です。

「俺のアイスキュロス
語り手は、古代アテネの悲劇詩人アイスキュロス。彼がマラトンの戦いに参加したことを生涯誇りに思っていたことも、兄のキュネゲイロスがこの戦いで戦死したことも、史実です。

「エロス7」
語り手は、世界初の女性宇宙飛行士となったソ連のテレシコワ。完璧な優等生を演じて選抜された彼女が、ミッションを無視して宇宙体験を満喫していたというのは愉快な設定。彼女がランデブー相手のヴァレリーに恋していたのかどうかはわかりませんが。

「サン・ファリーヌ」
語り手は、ルイ16世やマリー・アントワネットの処刑も担当した死刑執行人のサンソン。彼の職業を覚悟して嫁いだ妻も、国王や王妃の処刑には耐えられなかったようです。

他には、いずれも兄弟の葛藤をテーマにしたシルル紀のプロト・スコーピオン」「死者を踏みつけろ、弱者を乗り越えろ」「初心者のための礼儀作法」が収録されています。

2017/3