りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

オビー(キム・ヘジン)

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最底辺に生きる男女が抱く「今だけ良ければよい」という感覚を透徹した観察眼で描いた長編『中央駅』で知った作家です。短編集である本書にも、今を生きる不安定な若者たちの仕事や社会との関りをテーマとする作品が多く収録されています。

 

「オビー」

バイト先での同調圧力に屈している語り手は、職場の誰とも交わろうとしない同僚のオビーの存在に心乱されます。やがて失職して定職探しに苦労する語り手が見出したのは、ネット配信で惨めな姿をさらしているオビーの姿でした。

 

「アウトフォーカス」

長年働いた会社から突然リストラされた母親の滑稽な奮闘が、息子の視点から描かれます。不条理な世界で生き延びるためには、狂気じみた開き直りが必要なのかもしれません。

 

「真夜中の山道」

再開発反対者を強制的に撤去させるために雇われた男たちは、暴力行為も仕事だからと割り切っているのです。しかしアルバイト市民運動家の女性にはそんな自覚はありません。そして不毛な悲劇が起こるのです。

 

「チキン・ラン」

チキン配達で出会った自殺願望男を手伝うことになったバイト青年の奮闘ぶりは滑稽ですが、次第に哀愁を感じてくるのです。著者が29歳の時に書いたデビュー作です。

 

「カンフー・ファイティング」

ネットで購入した中古自転車でソウル市内を走り回る青年は、自分が貧しくて行き場もないことに気付いてしまいます。そしてどこに行っても部外者であると見透かされてしまうことも。

 

「広場近く」

広場にやってくるという「プラハ」を見ようとする青年は、迷路のような街を彷徨いますが中心部へとたどりつけません。カフカの『城』へのオマージュ作品のようです。

 

「なわとび」

公園でなわとびをする老人と出会った失恋青年は、一緒になわとびを始めます。「1.2.3・・」と数えるのではなく、「1.1.1・・」に集中することで、彼はひとり立ちできるのでしょうか。

 

「ドア・オブ・ワワ」

英語教室で出会った異国人女性のワワと触れ合おうとする語り手ですが、互いにつたない英語で交わす会話はもどかしいもの。本当に話したいこととは別のことばかり話してしまう語り手と、話したくても言葉が出てこないワワの間に交流は成り立つのでしょうか。問題は言葉ではなく、自分との向き合い方の違いのようなのですが。

 

「シャボン玉吹き」

デモや規制で目的地にたどり着けない女性の後をついてくる、誰かが吹いたシャボン玉。明るい物語ではありませんが、シャボン玉が出口を教えてくれるようにも思われます。

 

2022/1