『アメリカにいる、きみ』や『半分のぼった黄色い太陽』などのヒット作、文学賞受賞作を書いたナイジェリア出身の著者による短編集です。近年では自身のTEDスピーチを書籍化した『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』を大ヒットさせています。
「明日は遠すぎて」
一族の跡継ぎとして祖母や父からの期待を一身に背負い、何事においても優先される兄を憎む妹は、何をしてしまったのでしょう。「明日は遠すぎて(エチ・エテカ)」と呼ばれているのは、強毒によって恐れられている蛇のことです。
「震え」
失恋したばかりのアメリカ留学中の女性は、元カレの友人と誤解した男性とつきあいはじめます。しかし彼は失業中の不法滞在者にすぎませんでした。少々コミカルに信仰の問題を取り上げた作品です。
「クオリティ・ストリート」
婚約者を連れてアメリカ留学から戻ってきた娘の意見は、母親とことごとく食い違ってしまいます。こんな状態で伝統的な結婚式など挙げられるのでしょうか。ちなみに延々とダンスが続くナイジェリアの結婚式では、選曲や曲順が重要なことだそうです。
「先週の月曜日に」
19歳で渡米してベビーシッターをしながら大学に通った著者の体験に基づく物語。アメリカの進歩的な家庭で起きる滑稽な振る舞いが綴られます。ナイジェリア基準ではなく、世界基準からみても滑稽です。
「鳥の歌」
田舎から首都ラゴスに出てきて、妻子ある有力者の愛人となった女性の焦燥感が綴られます。運転手も店員もウェイターも男性だけに声をかけ、彼女がいないように振舞うというのは耐えられなさそうです。
「シーリング」
「鳥の歌」とは逆に、語り手は浮気男です。有力者の娘である妻の差別意識は耐えがたいでしょうが、浮気をしていいわけではありません。今度は愛人からも捨てられそうになって狼狽するのですが・・。
「ジャンピング・モンキー・ヒル」
ケープタウンでのワークショップに参加したアフリカ人の若手作家たちは、互いに理解し合っているのでしょうか。アフリカは広くて多様であり、それぞれの感性も異なっているようです。これも著者の体験が基になっている作品とのこと。
「セル・ワン」
有力者である両親から甘やかされて育ち、少々の犯罪はもみ消してもらっていた長男が、ついに重罪で逮捕されてしまいます。監獄で老受刑者に同情を示したことで「セル・ワン」と呼ばれる懲罰房に送られたことは皮肉なものですが、恐怖の体験は人格を変えてしまうのかもしれません。
「がんこな歴史家」
ヨーロッパからやってきた白人が銃とキリスト教をもたらし、伝統的な部族社会を一変させてしまった過程が、黒人宣教師となった息子の母親の視点から描かれます。西欧化されて伝統を否定する息子と、自民族の誇りを取り戻す孫娘との対比が秀逸です。2010年度のO・ヘンリー賞を受賞した作品です。
2022/3