りぼんの読書ノート

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オープン・シティ(テジュ・コール)

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ドイツ人の祖母とナイジェリア人の父を持つ精神科医のジュリアスが、自らの生活拠点であるニューヨークと、祖母が住んでいたブリュッセルを彷徨する傍らで思索を巡らしていく作品です。ナイジェリア出身の著者の視点は、主人公の視点と重なり合っているようで、いつしか「私小説」を読んでいるような錯覚に陥ってしまいます。

彼が語り合う相手の大半がマイノリティであるのは、偶然ではありません。ニューヨークもブリュッセルも、大都会である一方で、家族の絆や人種や宗教で結びついた小さなコミュニティの集合体でもあるのですから。かつての恋人ナデージュや、ニューヨークで再会した旧友の姉のモジはナイジェリア人。大学時代の恩師で大戦中に収容所に囚われていたサイトウ先生は日系人であり、ブリュッセルの大学での差別を嘆くファルークはアラブ人。さらに街で出会ったタクシー運転手や、路上の音楽家や、襲撃者たち・・。

そのたびに彼の想念は、都市に刻み込まれた人種間の不協和音に捉われていきます。17世紀にアメリ先住民族の大虐殺を行い「ニューアムステルダムの怪物」と呼ばれたオランダ人総督。旧いドイツの写真の片隅に写っていたゲッペルス。映画に登場したウガンダの独裁者イディ・アミン。そして「9.11」で崩壊したワールド・トレード・センター跡が生々しいウォール街

そこはまた、かつての移民たちが、エリス島を経由してアメリカ入国を果たした地域でもあるのです。「ウォール街」の名前の由来となった防壁は既に存在していませんが、著者は「オープン・シティ(無防備都市)と宣言したところで精神的な破壊は人知れず行われる」と語っています。オフィスビルの間を飛び回る渡り鳥たちを観察する場面から始まる本書が、自由の女神が掲げる松明の灯りに混乱して衝突死した無数の鳥たちの話で閉じられるのは象徴的です。

2018/2