りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

地上で僕らはつかの間きらめく(オーシャン・ヴオン)

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離れて暮らす母親に宛てた手紙に、祖母と母と自分自身の人生を綴り続ける青年・・というと高村薫さんの『晴子情歌』のようですが、これらの手紙が出されることはありません。幼い息子と祖母を抱えて、戦後の混乱が

続くベトナムからアメリカへと渡った母親は、文字が読めないのです。

 

そこに記されるのは、英語も話せないのにネイルサロンで働き始めた強い母の姿ばかりではありません。幼い息子のおもちゃの拳銃や迫撃砲を思わせる花火の音に怯えたり、異国での不慣れな生活のいらだちを息子にぶつける弱い母の姿も記されるのです。そんな暴力行為が息子に与えたトラウマとともに。やがて息子はゲイとなり、愛した年上の少年を薬物中毒で失い、母を苦しめた英語で文章を書く詩人となるのです。

 

詩人による小説である本書には、多くの重層的なイメージが溢れています。ホバリングするハチドリと、米軍ヘリコプター。飛翔して軽々と国境を超える数万羽の蝶と、崖から転落し続けるバッファローの群れ。多人種の混交という意味で、語り手がどこか自分を重ねているようなタイガー・ウッズのエピソード・・。

 

著者の母はネイルサロンの客に「ビーチに行きたい」と話した際に「あなたの発音だとビッチに聞こえるからオーシャンを伝った方がいい」と言われ、この言葉を息子の名前とするほど気に入ったとのこと。1988年に生まれた若い著者は、ニューヨーク市立大学に在学中から「生まれながらの詩人」として高く評価されていたそうです。こういう話を聞くと、数多い移民作家を生み出し続けているアメリカという国の懐の広さを感じます。

 

2021/11