りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

2016/9 事変(池宮彰一郎)

今月は休暇と出張が続いたため、手軽に持ち運べる文庫本が大半でした。そのせいか、軽めの本が多かった印象です。その中でも、旧作ですが昭和初期の史実を題材にして、途中まではほとんどノンフィクションかとさえ思わせた、池宮彰一郎さんの『事変』の巧みな虚実皮膜が印象に残りました。
1.事変(池宮彰一郎)
日本が国際連盟を脱退する直接の原因となったリットン調査団の報告書を盗み出そうとしたのは、その内容を事前に軍部に突き付けて日本の軍国主義化を防ごうとする、政府内の平和主義者だったのです。その人物として、後に国連脱退演説を行った松岡洋右を配するという時点で、本書はすでに成功しています。途中まで史実かと思えるほど、巧みなフィクションです。

2.蜩ノ記(葉室麟)
3年後の切腹を命じられて幽閉中の元郡奉行・戸田秋谷の監視を命じられた青年藩士は、秋谷の誠実な人柄に惹かれていきます。秋谷が犯したという罪の真相、秋谷が編纂する家譜に隠された藩の大事に係る疑惑、一揆寸前の農民と武士の関係などが重層的に重なりながらクライマックスへと向かう展開も見事。武士の死生観に通じる覚悟や矜持を前面に出した、藤沢周平の後継者たるべき作品です。

3.夜、僕らは輪になって歩く(ダニエル・アラルコン)
内戦と行方不明者の情報と記憶を葬り去ろうとする南米の架空の国で、消極的な抵抗を行った報道者たちの姿を描いた『ロスト・シティ・レディオ』の著者の新作です。内戦終結後に再結成されて地方巡業を行った小劇団は、なぜ崩壊したのか。青年俳優が罪に問われた事件の真相を追う語り手は、何を見出したのか。国家的暴力を前にして「演じることと書くこと」の無力さを感じつつ、それでも文芸の力をあきらめない作品は、喪失感に満ちています。



2016/9/30