りぼんの読書ノート

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2015/8 満州国演義9 残夢の骸(船戸与一)

今月の1位は、今年4月に亡くなられた船戸与一さんの絶筆となった作品に捧げましょう。複眼的な視点によって歴史を立体的に描き出す手法は、最後の最後まで冴えわたりました。著者が描いたものは、わずか13年しかない満州国の興亡ではなく、明治維新後80年の間に興隆して破綻した日本の民族主義の歴史だったようです。

カズオ・イシグロさんの新作は、「社会の記憶」の負の側面をファンタジーに託して描いた作品です。本書で提示されたテーマを、まだ人間は乗り越えられないでいるのです。
1.満州国演義9 残夢の骸(船戸与一)
癌と闘いながら8年に渡って書き続けられた著者畢生の大作が、ついに完結しました。最終第9巻では、昭和19年から21年にかけての敗戦前夜から満州国解体による悲劇的な混乱が描かれ、そして著者がかねてから「シリーズの着地点」と決めていたという「通化事件」が壮大な物語の幕を引きます。「歴史は小説の玩具ではないし、小説は歴史の奴隷でもない」と語っていた船戸与一さんの絶筆にふさわしい超大作です。

2.忘れられた巨人(カズオ・イシグロ)
アーサー王の死後、「何者かの意図によって失われた記憶」とは何なのか。人は、社会は、国家は、負の記憶を直視することができるのか。『わたしを離さないで』以来10年ぶりの長編は、ファンタジー色の濃い作品でありながら、提起された問題は極めて現代的なのです。

3.有頂天家族 二代目の帰朝(森見登美彦)
京の町を舞台にして、狸と天狗と胡散臭い人間たちが三つ巴で絡み合う『有頂天家族』の続編がついに登場。前作の面白い点は全て引き継いだ上に、「老天狗の二代目」などの新たな登場人物を加えて、物語はヒートアップしていきます。大時代的で破天荒な物語の主人公に、狸や天狗を据えていることが、かえってリアルさを増している魔術的世界を楽しんで、最後にはホロリとさせられましょう。狸の話なのに。

4.秘密(ケイト・モートン)
イギリスの国民的女優となったローレルは、母ドロシーの死を前にして、母が隠してきた秘密を追い始めます。見知らぬ侵入者を母が刺殺した50年前の事件の真相は何なのか。母の親友だったというヴィヴィアンとは、何者なのか。最後に明らかにされる「秘密」は意外なものだったのですが、読後感は爽やかです。厳しい時代をせいいっぱい生きてきた女性たちの姿が、浮かび上がってくるのです。


2015/8/30