時の元老・西園寺公望と、元満鉄副総裁で後に外相として国連脱退演説をすることになる松岡洋右は、軍部の独走を抑えるために、いちはやく「リットン報告書」の入手を目論みます。彼らが採用したのは、掏摸のプロ集団を動員して報告書を盗み出すという、驚くべき手段だったのですが・・。
現実の歴史の中に実在の人物を配して、あたかも「あったかもしれないヒストリア」を紡ぎだすのは、著者の得意とするところです。掏摸の親分が登場するところまでは、ひょっとしてノンフィクションではないかと思ってしまったほど。
この作戦は成功するのですが、史実は変えられません。日本の国連脱退と、太平洋戦争の開戦に至る軍国主義化を抑えることはできなかったのは何故なのか。著者が準備したのは、掏摸という手段よりもはるかに大きなフィクションです。なぜ事前に報告書の内容を知った穏健派の人々が、軍部を抑えることができなかったのか。報告書の背景にあった列強の密約とは何だったのか。重厚な歴史小説です。
2016/9