りぼんの読書ノート

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無分別(オラシオ・カステジャーノス・モヤ)

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エル・サルバドルを追われて「南米のある国」に移住したジャーナリストの主人公が、その国の軍による先住民大虐殺の報告書を校閲する仕事に携わります。「ある国」とはグアテマラであり、「アルゼンチンやチリで行われたことなど、グアテマラに較べたら子供の遊びのようなものだ」とまで言われる大虐殺のレポートは凄惨なものでした。このレポートは国連の仲介によって実際に公表されているとのこと。

狂気に満ちた拷問や虐殺の証言を読み続ける主人公の精神もまた、徐々に正常ではなくなっていくようです。浮気相手との情事を楽しんだのもつかの間、今度は痴情のもつれによる殺人事件にみせかけて軍部に始末されるのではないかとの不安に駆られて、ついに逃亡してしまうのですが・・それが単なる妄想ではなかったというラストの一行が効いています。

本書の素晴らしさは、これを徹頭徹尾シリアスな物語として描かなかったことにありますね。本書の主人公は「部外者」であり、作中ではほとんど「道化役」なのです。レポートを読み続けながらも主人公の関心はもっぱら酒と女であり、その様子もバカバカしいほどに喜劇的。凄惨な証言と滑稽な主人公の対比の際どさがかえって、虐殺の闇の深さを感じさせますね。ホンジュラス生まれのエル・サルバドル人として両国の近親憎悪を描いた崩壊もそのようなスタイルでした。

タイトルは「不運に見舞われている者の分別は失われてしまう」というニヒリスティックな警句から採られています。冒頭の「おれの精神は正常ではない」という証言者の言葉と、顛末を記したラストの1行が強烈な作品です。

2013/3