りぼんの読書ノート

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虐殺器官(伊藤計劃)

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近未来、サラエボで発生した核爆弾テロを契機として、先進国は徹底した個人情報管理体制を構築してテロの一掃に成功したものの、後進諸国においては内戦や大規模虐殺が急激に増加。事態を重視したアメリカは、戦争犯罪人の暗殺を可能とする情報軍を新設するに至ります。

情報軍のクラヴィス大尉は、大量虐殺の陰に常に存在が囁かれる謎のアメリカ人、ジョン・ポールを追ってプラハに潜入。ポールの愛人とされるルツィアを監視するのですが、逆に「計数されざる者」なる組織に捉えられてポールと対面。「人間が有する虐殺を司る器官を活性化させる虐殺文法が存在する」と聞かされるに至ります。

凄まじい発想ですが、本書の全てともいえるこのロジックを受け入れられるかどうかで本書の評価は変わるのでしょう。その上で、サラエボで妻子を失ったポールが「愛する人々を守るために」世界各地で虐殺文法を駆使して混乱を引き起こす理由や、ルツィアに惹かれて彼女の赦しを得たいとするクラヴィスの心理や、両者の情報戦や、ラストの意表を衝く展開を楽しむことができる作品なのです。

その一方で、本書の発想が全くの絵空事と言えない事態も現実に起きていることが気になります。聖戦を説く原理主義聖職者の言葉がテロを活性化し、差別を訴える政治指導者が暴力事件を頻発させ、ネット上の流言飛語が人々を躍らせているのですから。本書の主人公のトラウマもまた、母親の延命措置を止めるよう医師に指示した「言葉」でした。鋭い感性を備えた著者の夭折が惜しまれます。

2018/10