りぼんの読書ノート

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ポーランドのボクサー(エドゥアルド・ハルフォン)

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ユダヤ系のルーツを持つ著者は、グアテマラで生まれ育ち、アメリカの大学で学んだ後に、故郷に戻って執筆活動を続けています。本書は、彼の3つの短編集『ポーランドのボクサー』、『ビルエット』、『修道院』のミックスになっていますが、決して不自然ではありません。全ての短編が、彼の人生の一部をなすモザイクの破片だからなのでしょう。

「彼方の」
グアテマラの大学で短篇小説の授業を講じる主人公は、詩才をもつ先住民の学生と出会うものの、彼は突然大学を辞めてしまいます。彼の故郷へと向かって再会を果たしたものの、彼との距離を感じざるをえません。

「トウェインしながら」
アメリカで開催されたマーク・トウェイン学会に出席した主人公は、全ての「トウェイン論」が既に語りつくされていることに気付かされます。

「エピストロフィー」
文化フェスティバルで、ジプシーの血を引くセルビア人ピアニストのミラン・ラキッチと知り合った主人公は、自由な精神を持つミランの演奏に魅了されます。ユダヤ人と似た迫害の歴史をたどったジプシー出身のミランは、著者の分身のようです。

「テルアビブは竈のような暑さだった」
正統派ユダヤ教徒と結婚する妹のために、エルサレムを訪れた主人公は、ユダヤ教の狭量さに辟易します。その一方で、自分がどこにも属していないという違和感を意識することになるのです。

「白い煙」
グアテマラ高地のスコティッシュバーでの、魅力的なユダヤ人女性タマラとの出会いは一夜限りのものだったのですが・・。タマラとは後に、テルアビブで再開することになります。

ポーランドのボクサー」
本書の核になる物語です。アウシュヴィッツを生き延びた主人公の祖父は、死の直前になって自らの体験を語り始めます。同郷のポーランド人ボクサーと知り合った祖父は、彼から、兵士らの尋問への模範解答を教えてもらって生き延びることができたというのです。しかし、その後のボクサーの消息は知れません。

「絵葉書」
主人公の友人となったピアニストのミランは、世界中から謎めいた絵葉書を送り続けますが、ついには祖国セルビアで消息を絶ってしまいます。

「ピルエット」
ミランの消息をたどってベオグラードを訪れた主人公は、本場のジプシー音楽の素晴らしさと、ジプシーに対する根強い偏見の両方を実感するのです。彼はやがて、戦争の傷跡が残る街で、エロティックなジプシー少女の技巧に溺れていきます。

「ポヴォア講演」
ポルトガルの町で講演を依頼された著者は、新聞の日曜版に載った祖父の写真と、「優れた大工であったためにアウシュヴィッツで生き残った」というコメントを思い出します。では「ポーランドのボクサー」とは、いったい何だったのでしょうか。

「さまざまな日没」
囚人番号を刻んだ刺青を「電話番号を忘れないようにするため」という笑い話に変えて語っていた祖父。数字を剥がした皮膚を、自分の一部としてホルマリンで保存したレナ・コーンライヒ。数字を墓碑銘に刻んだプリーモ・レーヴィ。記憶への対処法は、さまざまなのです。

修道院
妹の結婚式を欠席すると宣言した主人公は、偶然再会したイスラエル人女性のタマラと死海へと向かいます。そこでもまた自らのユダヤ性について考えてしまう主人公は、自分の名前も人種も宗教も性別も捨てて、生き延びた者たちについて、想いを巡らせます。

2016/8