りぼんの読書ノート

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椎の木のほとり(辻邦生)

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シリーズ第6巻では、渡欧した父親の物語が成長した息子からの手紙と結びついていく「青の場所からの挿話」と、人民戦線の崩壊を生きた者たちの悲劇が描かれる「藍の場所からの挿話」の後半が綴られていきます。

【青の場所からの挿話】
「8.黒人霊歌 タイトルマッチで八百長を持ちかけられた黒人ボクサーのジョーは断るのですが・・。ブルックリンでは新聞売りのジャック少年がスペイン内乱のニュースを叫びます。

「9.霙の街から」 造船所で働く男性は、同僚の武井の姉・百合江と親しくなりますが、アジア人差別の中で国粋主義に固まっていった武井は精神を病み、百合江の消息も不明になってしまいます。

「10.夜が終る時」 論文を書き上げてアメリカでの仕事を終えたと感じた父は、スペインやフランスやドイツの情勢を見極めるために渡欧の決意を固め、労働者マイク・ロバートとともに船に乗ります。父は妻子ある身ながら北畑やよひという女性と同棲を始めていたのですが・・。

「11.パリの空今日も晴れて」 パリに着いた父はユダヤ人のブロックの娘ダニエルと親しくなりますが、ドイツからの亡命者の状況から欧州の危機を真摯に受け止めたブロック家は、渡米を決意します。

「12.青葉の時間」 大沼直衛の別荘に向かう主人公は十年ぶりに伊根子と再会します。社会主義者の南部と別れたという彼女は、総崩れになりつつある日本の社会主義運動に絶望する大沼と付き合い始めたようなのですが、それは何かを象徴しているかのようです。

「13.椎の木のほとり」 主人公に大学の常勤講師の口がかかり、教授にお礼に出かけた先は、かつて彼を店員の小僧と間違えた女中と出会った町でした。紡績工場で働くと言っていた彼女の気持ちを思い出した主人公は「偉くなる」ことで大衆から離れることを疑問に思うのですが・・。

「14.赤い扇」 主人公は、官能的な恋愛を否定し母から子への生命の連鎖にこそ大切なものがあるのではないかと静かに思う女性・朝代と出会って結婚します。八重の舞扇の物語は彼女へと続くのでした。息子が生まれた日にドイツ軍はポーランドに侵入するのですが・・。

【藍の場所からの挿話】
「8.聖堂まで」 革命軍と反乱軍がにらみ合う村から村人たちが脱出する中で、教会の聖母像を忘れた老婆は危険を冒して聖堂へと戻ります。狙撃兵のマルティンは彼女を撃つことができません。

「9.雨の逃亡者」 革命軍の敗色が濃くなる中で無政府主義的なフェロンの処刑を命じられたマチュウは彼を逃がしたことがばれて、同僚のルイとともに逃亡の道を選びます。

「10.黄いろい海」オルグの部隊に遺された最後の飛行機を負傷したマイヤーの運搬に使うため。マルティン・コップは操縦士のシュルツを脅迫して出発させます。追いすがるミゲルの指を切り落として・・。

「11.静かな村外れの十字架の前で」 戦線を離脱して国境を越えたゲオルグでしたが、静寂なフランスの田舎町で起きた男女間のいざこざを巡る事件に巻き込まれてしまいます。

「12.エトルタ七夜」 パリへ向かう列車の中でクラウス・シュトリヒはエトルタに向かうというルイ・ムーランと出会います。今はパリで書店を営むフェロンは、一緒に逃げたマチユウ・スィヤールを殺害したという噂のあるルイに復讐するためにエトルタへと向かうのですが・・。

「13.薔薇の睡り」 湖水近くの村で休養するゲオルグは、山脈の向こう側でみた希望と崩壊を思い、時代の閉塞感と恋愛に悩む若者セルジュと知り合いますが、フランスにも戦争は近づいていたのです。

「14.踊るシヴァ」 欧州の大戦を生き延びたゲオルグは新しい時代の到来を信じようとするのですが、内戦時の憾みを忘れようとしないミゲルが、鉄橋爆破を放棄したバジルらの「裏切者たち」を追い続けていることをからオディール・スィヤールから聞かされます。彼女は生活苦の中で自殺してしまうのですが・・。

「赤」から「橙」にかけて成長した青年は、渡欧したままの父親への手紙で「結婚」を告げることになります。新しい時代を生きようとするゲオルグの姿と重なりますが、2人の将来が決して明るくはないことを読者は既に知らされています。

2013/1