りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

神々の愛でし海(辻邦生)

イメージ 1

最終巻である第7巻では、欧州を転々とした青年がアメリカ留学から戻ったエマニュエルと結ばれるまでが描かれます。一方で、エマニュエルの遠縁にあたるジュリアン・ブリュネが新聞記者として登場して過去の事件の謎解きを図り、「ヨコの物語」にも決着がつけられていきます。

【菫の場所からの挿話】
「1.新世界から」 アメリカ留学を終えて4年ぶりに帰国したエマニュエルと再会した主人公は、愛の試練を感じます。指揮者のアンダーソンは彼女とどういう関係にあるのでしょうか。

「2.雪の道」 幸福とは生活の雑事の中に堆積されていくものなのでしょうか。ファーゲ医師の山荘に滞在した2人は、国境の向こう側の独裁者の暗殺資金を得るべく郵便局を襲って撃たれた男を介抱します。

「3.愛の亡霊(ファントーム・ダムール)」 2人が遭遇したパリのカフェでの爆発はアルジェリア・テロではなかったようです、殺されたのはアロンソというスペイン人であり、犯人はアメリカなまりのフランス語を話す男だというのです。2人は不遇時代のアンダーソンを助けたというマイク・ロバートと出会っていたのですが・・。

「4.運河の眺め」 人違いで主人公を誘拐した老人たちの組織は既に実態のないものでした。コペンハーゲンにも、ストックホルムにも、エトルタにも支部などは存在していなかったのです。

「5.二人だけの秋」 エマニュエルの実家であるフォントナーユのシャトーを再訪した2人は、近所の農家の若い女カミーユと知り合いますが、彼女は父アルトゥロと恋人ドゥニを同時に失った過去がありました。2人はスペインから来た暗殺者を殺害して逃亡したというのです。

「6.聖女バルバラ祭の夜に」 大伯母エリザベスに会いに行った南仏で出会った外交販売商のクリス・ペリエは子供の頃に兄のミッシェルを手伝って飛行機を盗み出した過去がありました。クリスは、その飛行機を操縦して墜落死したという男の娘と恋に落ちたのですが・・。

「7.海の夫人」 南仏で出会った美しいアンデルソン姉妹は、父がいた国際義勇軍を裏切ったオドリュ将軍に復讐しようとするのですが、身代わりとなって死んだ男は将軍の従者だったのです。

「8.長い旅の終り」 フォントナーユを訪れたアメリカの考古学者パウエルの急病を救った老医師シュトルツの妻カタリーネは、妹アンナ・マリアを苦しめた画家マルティン・コップに復讐をしようと思い詰めていましたが、彼女がアトリエに赴いた時には画家は既に殺害されていたのです、

「9.ソーヌ河のほとり」 父の友人の従兄である日本大使館の武井から案内を頼まれた黒川老人をマドリッドで救ったのは、フィリップ・ムーランの弟でした。一方でジュリアンが解いた連続続殺人事件の謎は、女軽業師を殺害したテロリストへの復讐劇だったのです。

「10.神々の愛でし海」 エーゲ海で行方不明となったジュリアンを救ったのはペーター・マイヤーでした。ペーターの前妻ヘルガの娘マリアは、ジュリアンと結ばれることになります。

「11.ジュラの夜明けに」 スキー場で行方不明になったエマニュエルを捜索する主人公は、過去に唯一彼女を裏切ったアバンチュールを悔やみます。その相手エリカは、父の恩師・安藤甚三の孫の妻でした。

「12.潮騒を聞いた日々」 大伯母エリザベスの葬儀に赴いた南仏で遭遇した事件に関わったジラール刑事の父はバルセロナでの興奮と絶望を経験していました。大演説を打つ靴屋は滑稽なのですが、思想の過熱を滑稽がる理知と冷たい孤独は現代の病なのでしょうか。

「13.アダムとイヴのバラード」 今をしっかり生きているような女性カミーユの自殺は恋人ドゥニを2度失ったせいなのでしょうか。18世紀にジュリアン・タイユフールによってつくられた礼拝堂を訪れた2人は、「半身」となる恋人と巡り合う幸せを感じます。

「14.桜の国へそして桜の国から」 東京で職を得た主人公は、妊娠したエマニュエルとの結婚を決意します。主人公の母・朝代と出会ったエマニュエルは、生命の流れの中に身を置く喜びを感じるのでした。

【エピローグ】
時代は下って青年とエマニュエルの息子が登場します。スペインに旅に出た青年が、内乱50周年集会に参加する元義勇兵の老人と出会い、壮大な物語の円環が閉じられていきます。

15年をかけて完結した大シリーズは、イギリスの詩人マシュウ・アーノルドの作品を登場させて締めくくられます。フランス人民戦線、スペイン内戦、ファシズムの台頭、日本の軍国主義化という時代の中で生きて愛し合った者たちの苦悩が、屈託のない現代青年の笑顔と、アナーキズムを称揚する詩によって昇華されたかのような結末です。

2013/1