りぼんの読書ノート

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愛と障害(アレクサンダル・ヘモン)

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たまたまシカゴ滞在中にボスニア内戦が始まってしまったため、そのままアメリカに移住したサラエヴォ出身の作家による短編集です。先に読んだ長編ノーホエア・マンとテーマは同じであり、祖国喪失者である悲劇性と、実際の内戦を経験していないことに対する申し訳なさのようなものが同居しているようです。

旧ユーゴ紛争を体験したサーシャ・スタニシチの兵士はどうやってグラモフォンを修理するかや、テア・オブレヒトタイガーズ・ワイフとの違いは、その点にあるのでしょう。とはいえ、本書はやはり、この著者にしか書けない作品なのです。

前半には、父の任地ザイールでの正体不明なアメリカ人と出会う「天国への階段」、はじめてのおつかいで人妻に妄想を抱く「すべて」、シカゴで感じた差別意識を描いた「すてきな暮らし」「シムーラの部屋」などの、思春期の青年のイタい経験と、荒涼とした世界を対比させるような作品が並んでいます。本書のタイトルとなっている「愛と障害」は、「指揮者」の主人公が若書きした恥ずかしい詩のタイトル。 

後半になると、「肝心なときに居合わせなかった」者がなぜ小説を書いているのか、ほのかに見えてきます。「真実ではないものを憎む」父が作ろうとした「真実の映画」製作顛末を描いた「蜂 第一部」は、「創作」に対する著者の態度の裏返しなのでしょう。ラストの「苦しみの高貴な真実」で描かれた、久しぶりにサラエヴォを訪れた主人公が出会ったピューリッツァー賞作家のエピソードには、「創作の秘密」が潜んでいるようです。

もちろん前半と後半は連続しているのです。青年期に憧れた観念的な「愛と障害」は、後半になってくると意味合いを変えてきます。訳者があとがきで解説しているように、「障害となっていたのは過剰な自意識」であり、「その向こうにあったのは両親への愛と失われた故郷への愛情」なのですから。

2014/6