りぼんの読書ノート

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たった、それだけ(宮下奈都)

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贈賄の罪を被せられて失踪した男を巡る、6人の男女の心情を語る連作短編集。

男の犯罪を告発しながら「逃げて」と告げる愛人。夫の犯罪と失踪を知って、精神に変調をきたす妻。子供のころから男の弱さを知っている姉。数年後、小学3年生になった男の娘ルイを転校生として受け入れ、彼女を守りきれないことを悩む男性教師。さらに数年後、彼女の過去にこだわらない男性とはじめて出会って、心を開き始める高校生になったルイ。

そして最後に、高校を中退して特養施設で働いているルイの同級生。どうやら、彼が尊敬している職場の先輩は、罪を償った後も家に戻らず失踪したままのルイの父親のようです。そこで男は、娘が生まれた時に流した嬉し涙が、娘の名前の由来だと語るのです。母親が嫌った「涙(ルイ)」の名前には、そんな理由が込められていたのですね。

ところで、どの短編にも「たった、それだけ」という言葉が登場します。たったそれだけのことができなかった後悔。たったそれだけのことで狂ってしまった人生の歯車。でも、たったそれだけのことで、元に戻すことも可能なのかもしれません。「たった、それだけ」のささやかなことに、気づくのは難しいことなのですが。

2015/9