りぼんの読書ノート

Yahooブログから移行してきた読書ノートです

八幡炎炎記(村田喜代子)

イメージ 1

「製鉄の町・北九州八幡で敗戦の年に生まれ、事情あって祖父母を戸籍上の父母とする少女」といったら、著者自身のこと。主人公の少女ヒナ子の名字が、「貴田」という著者の旧姓であることも、後に明らかにされます。本書は著者の自伝的小説なのでした。

とはいえ「群像小説」を得意とする著者のことですから、物語は直線的には進んでいきません。視点人物は、ヒナ子の祖母サトを長女とする三姉妹の一族が、入れ代わり立ち代わりに視点人物になっていきます。そして、その誰もが、溶鉱炉の炎のような情念を、少しずつ持っているようなのです。

絵描きになる夢が捨てられない貴田菊二と所帯を持ったサト。下宿屋と貸金屋を営む江藤辰蔵と暮らすトミ江。広島でテーラーの親方と結婚したのに、女癖の悪い弟子の瀬高克美と駆け落ちしてきたミツ江。この3夫婦とも、それぞれに女子を引き取ることになるのは、運命的です。サトには、結婚してすぐ離婚してしまった娘・百合子が生んだヒナ子。トミ江には、夫が借金のカタに貰い受けてきたタマエ。ミツ江には、夫の弟の嫁が病気になったため引き取ってきた緑。

最高10万人もの人が集まったという、八幡製鉄所が市民に開放される「起業祭」。女も男も美しく化粧して変身し、夏の夜を踊り明かす盆の三カ日。ヒナ子にとって謎の歌である「八幡市歌」。職工の「神」との出会い・・。本書の「主人公」は、信心深く力強い女たちと、肝心な場面で脆さを露呈するダメ男たちが住む、どことなく猥雑な活気に満ちた「八幡の町」なのかもしれません。

最終ページに小さく「第一部了」とありました。いったい何部作になるのか想像もつきませんが、本書もまた、いつまでも読んでいたいと思わせる小説です。

2015/6